Vol. 74
プリオン
「プリオン」は聞きなれない用語と思います。ただ、病院では院内感染対策として大変重要な病原体であるので解説したいと思います。「プリオン」が病原体であるといっても、これはウイルスでもないし、細菌でも真菌でもありません。生きた生命体ではなく、蛋白なのです。蛋白ならばどこにでもあるのではないかと言われるかもしれませんが、プリオンは感染性の蛋白であり、これが脳に蓄積することによって発症するのがプリオン病です。プリオン病は長期の潜伏期間で、いったん症状が発現すると確実に進行してゆく神経が変性する疾患です。
プリオン病には様々な病気が含まれています。有名な狂牛病は「牛海綿状脳症」の別名ですが、これもプリオン病です。牛が感染すると、牛の脳の組織がスポンジ状になり、異常な行動や運動失調などがみられ、死んでしまいます。英国において牛海綿状脳症の爆発的な発生がみられましたが、これはプリオンに汚染されていた肉骨粉や牛脂を他の牛に飼料として与えていたためであるといわれています。これが人間に感染すると変異型クロイツフェルト・ヤコブ病となります。
プリオン病のなかで特に問題となっているのが、クロイツフェルト・ヤコブ病です。これは変異型クロイツフェルト・ヤコブ病とは臨床的および神経病理学的に異なっています。年間、100万人当たり1人の頻度でクロイツフェルト・ヤコブ病が発症しています。泥酔様の歩行障害や四肢の運動障害で発症したり、両下肢の突っ張るような歩行障害で発症します。そして、時間の経過とともに痴呆が加わり、起立や歩行が出来なくなって寝たきり状態となるのです。クロイツフェルト・ヤコブ病の殆どが散発的に発生しています。しかし、中枢神経系組織や下垂体ホルモンなどのプリオン含有物質に直接曝露したことによる感染もごく稀に発生しています。これらには下垂体ホルモン治療、硬膜や角膜の移植、脳神経外科器具や深部電極といった医療が関連して発生しているものです。
このようにプリオンで汚染された医療器具や器材による感染が報告されていることから、プリオン病の脳神経手術などで用いたものを他の患者の手術に用いることはできません。プリオンは一般的な滅菌や消毒に高い抵抗性を示しているので、使用した器具は使い捨てにするか、徹底的な処理をしなければなりません。ただし、環境表面から伝播したというエビデンスはないので、プリオン病の患者の病室の対応は日常的な処置で十分です。