Vol. 50

咬傷

鎖に繋がれていない大きな野良犬が近づいてくると「咬みつかれたらどうしよう!」などと心配してしまいます。特に、小さな子と一緒だと、子どもが咬みつかれないように必死になります。ここでは動物による咬傷についてのお話しです。

動物による咬傷の80%が犬によるものです。猫による咬傷は犬の咬傷に比べて、外傷は小さいけれども、骨髄炎や敗血症性関節炎になりやすく重症化しやすいことが知られています。骨髄炎というのは咬まれたときに病原体が骨髄に入り込んで、長期間の感染症となるものです。敗血症性関節炎というのは病原体が血液の中を流れて関節に入り込み、そこで感染症を引き起こすものです。これらは重篤な感染症であり、容易には治りません。

動物に咬まれそうになると手で追い払おうとしたり、手で防御したりしようとしますが、手の咬傷は他の部位よりも重症となります。脹脛や殿部であれば、咬まれたとしても、皮膚や皮下脂肪までの到達で済みます。しかし、手は皮膚の下がすぐに骨となっているので、手を咬まれれば、牙が骨髄に容易に到達してしまうからです。動物に咬まれたときには、動物の口腔内にいる病原体が人間の体内に入り込みます。このとき、平均5種類の病原体が一度に侵入してくると言われています。そのため、それらすべてに有効な抗菌薬が処方されなければなりません。

国内での犬による咬傷では狂犬病についての心配はありませんが、国外では狂犬病を考慮しなければなりません。狂犬病蔓延国で犬に咬まれた場合、咬んでから犬が10日以上元気であることが確認されれば、その犬が狂犬病に罹患している可能性はなくなります。その場合は、ワクチン接種は必要ありません。しかし、犬の状況が確認できない場合には、狂犬病ワクチンが必要となります。特に頭や首を咬まれたら緊急に接種しなければなりません。狂犬病ウイルスは傷口から体内に入り込んで、神経のなかを1日5〜10 cmのスピードで遡って脊髄に到達します。脊髄に到達してしまうと、脳へは急速に移動することができます。そのため、脊髄に近い頭や首が咬まれた場合にはウイルスが脊髄に到達する前に対応する必要があるのです。

動物咬傷で忘れてはならないことは「破傷風」です。咬まれたときに破傷風菌も体内に入り込んでくる可能性があるからです。破傷風では全身痙攣が引き起こされて、呼吸ができなくなります。そのため、人工呼吸器が必要となる重篤な感染症です。従って、咬傷においては破傷風への対応も同時におこなう必要があります。破傷風トキソイドを接種したり、必要に応じて破傷風免疫グロブリンという製剤を注射しましょう。