手指衛生

手術時手洗い

手術時手洗いの目的

手術時手洗いは、手指に付着する通過菌を除去し、さらに皮脂腺などに住み着いている常在菌まで可能な限り減少させ、手術中に手袋が破損した場合でも術野が常在菌によって汚染されるリスクを最小限に止めることを目的としています。常在菌は毒性が低いため、通常感染の原因とはなりませんが、手術のような侵襲処置や、また、患者が易感染性状態である場合には、感染を引き起こす原因となるため、手術時手洗いにおいては、常在菌まで減少させる厳重な手洗いが必要となります。

手術時手洗いの変遷

従来は、抗菌性スクラブ製剤と硬いブラシを用いた10分程度をかけた長時間の手洗いが行われていましたが、硬いブラシによる過度のブラッシングにより皮膚が傷つき、そこに細菌が付着し増殖することで感染のリスクが増大する可能性が懸念されました。そのため、硬いブラシから柔らかいディスポーザブルブラシの使用やブラシを使用しない方法が行われるようになり、また、手洗いにかける時間も2~6分程度の短時間手洗いが推奨されるようになりました5)。国内においても、ディスポーザブルブラシを使用した6分間法や3分間法など様々な方法が検討され、短時間の手術時手洗いにおいても十分な手洗い効果が得られることが確認されています14,15)

また、アルコール擦式製剤の殺菌効果の高さから抗菌性スクラブ製剤による手洗いとアルコール擦式製剤による手洗いを併用する方法も行われるようになってきました。抗菌性スクラブ製剤による指先のみブラシを使用した揉み洗いにアルコール擦式製剤を併用する方法16,17)や、ブラシを用いない揉み洗いにアルコール擦式製剤を併用する方法18,19)でも手術時手洗いとして十分な効果が得られることが報告されています。

また、欧州では、石けんと流水による予備洗浄の後に、アルコール擦式製剤を使用する手術時手洗いが以前から行われており20)、ブラシを用いた抗菌性スクラブ製剤による手洗いと比較しても手術部位感染率に有意差がないことが確認されています21)(表3)。

近年、国内においても手術時手洗いにおけるスクラブ法とラビング法による手術部位感染発生率の検討が行われていますが、両者間において有意差は認められていません22)。また、手術時手洗いにアルコール擦式製剤を導入することにより、従来のスクラブ法よりも手術時手洗いにかかる時間が短縮できます。さらに、滅菌ブラシや滅菌タオルを使用する必要がなくなるため、コストの削減が可能となり、アルコール擦式製剤の使用は、各施設にとって有益であると考えられます。そのため、今後わが国においてもアルコール擦式製剤を使用した手術時手洗い方法が、更に広まることが考えられます。

表3.スクラブ法とラビング法による手術部位感染発生率の比較21)

手術部位感染/手術件数(SSI発生率)
スクラブ法 ラビング法
清 潔 創 29/1485(1.95) 32/1520(2.11)
準清潔創 24/650(3.69) 23/732(3.14)
合  計 53/2135(2.48) 55/2252(2.44)
【方法】

スクラブ法とラビング法を用いた手術時手洗いによる手術部位感染発生率の比較を行った。

スクラブ法
4%クロルヘキシジングルコン酸塩または4%ポビドンヨードと滅菌スポンジまたはブラシを用いた5分間以上の手洗い
ラビング法
非抗菌性石けんと水道水での1分間の手洗い後、アルコール擦式製剤を用いた5分間の手洗い
【結果】
スクラブ法とラビング法における手術部位感染発生率に優位差は認められなかった。

手術時手洗いの変遷

  • 抗菌性スクラブ製剤とブラシを用いた10分間程度の長時間の手洗い
  • 柔らかいディスポーザブルブラシを用いた2~6分間の短時間の手洗い
  • 抗菌性スクラブ製剤(ブラシを用いるなら爪周辺のみ)による 揉み洗いにアルコール擦式製剤を併用
  • 非抗菌性石けんと流水による予備洗浄の後 アルコール擦式製剤による手指消毒

Column

手術時手洗いに用いる水について

我が国では、手術時手洗いに滅菌水が用いられてきましたが、日本以外の先進諸国では、水道水が用いられています。滅菌水は、ろ過などによって製造することは容易ですが、タンクに貯留し配管して無菌状態で供給することは容易ではなく、10病院の手洗い用滅菌水と水道水の微生物を調査した結果、一定の塩素濃度が維持されている水道水の方が汚染を受けにくいことが報告されています23)

また、我が国でも滅菌水と水道水を用いた手術時手洗い後の手指生存菌数が検討され、有意差がないことが確認されている24)ことから、平成17年2月発出の厚生労働省医政局指導課長通知『医療施設における院内感染の防止について』においても「手術時に使用する手洗い水は管理された水道水で十分であり、あえて滅菌水を使用する必要はない」と記載されています25)。つまり、手術時手洗いにコストのかかる滅菌水を用いることにメリットはなく、最終的にアルコール擦式製剤によるラビング法を併用するなどを行う方が有意義であると考えられます。

手術時手洗いに用いる消毒薬

手術時手洗いに用いる消毒薬は、①正常皮膚上の微生物を減少させ、②非刺激性抗菌薬を含有し、③広い抗菌スペクトルを有し、④作用が迅速かつ持続的でなければならないとされており5,26)、現在、日本において手術時手洗いに使用されている消毒薬には、表4のような製剤があります。

表4.

抗菌性スクラブ製剤 ・4%クロルヘキシジングルコン酸塩 ・7.5%ポビドンヨード
アルコール擦式製剤 ・0.2%クロルヘキシジングルコン酸塩・エタノール ・0.5%クロルヘキシジングルコン酸塩・エタノール ・0.2%ベンザルコニウム塩化物・エタノール ・0.5%ポビドンヨード・エタノール

抗菌性スクラブ製剤について

現在、我が国で使用されている抗菌性スクラブ製剤には、4%クロルヘキシジングルコン酸塩製剤と7.5%ポビドンヨード製剤があります。抗菌スペクトルは、ポビドンヨードの方が広く、広範囲の微生物に効果を示しますが、クロルヘキシジングルコン酸塩は皮膚と強い親和性があるため、持続性に優れており27, 28)(図2)、臨床での消毒効果および持続性は、クロルヘキシジングルコン酸塩の方が優れた効果が報告されています29,30)(図3)。

図2.各種消毒薬使用後における手指菌数の減少と持続性27)

図2.各種消毒薬使用後における手指菌数の減少と持続性27)

図3.スポンジおよびブラシを使用した10分間スクラブ法による除菌・持続効果の比較29) (グローブジュース法)

図3.スポンジおよびブラシを使用した10分間スクラブ法による除菌・持続効果の比較29)(グローブジュース法)
【方法】
スポンジおよびブラシを使用したスクラブ法での除菌・持続効果を検討した。スクラブ剤として4%クロルヘキシジン、7.5%ポビドンヨードを使用した。
【結果】
消毒直後の除菌率は、クロルヘキシジンで98%以上、ポビドンヨードでは90%前後であった。消毒2時間後の除菌・持続効果ではクロルヘキシジンは、著名な変化は見られないが、ポビドンヨードでは持続効果は弱い傾向が認められた。

アルコール擦式製剤について

アルコール擦式製剤は、エタノールと持続性のある消毒薬としてクロルヘキシジングルコン酸塩、ベンザルコニウム塩化物、ポビドンヨードのいずれかが配合されています。これらの製剤は、アルコールの速効性で強い殺菌効果と、持続性のある消毒薬との相乗効果が期待できます。また、抗菌性スクラブ製剤に配合される界面活性剤は皮膚への刺激が強く、手荒れの原因となっていましたが、アルコール擦式製剤は保湿成分を含んでいるため、抗菌性スクラブ製剤よりも皮膚刺激や乾燥を生じにくく5,31)、手荒れ防止の面からも優れています。

アルコール擦式製剤に配合されている持続性成分を比較すると、ポビドンヨードは、最も広い抗菌スペクトルを有しますが、臨床での消毒効果および持続性は、クロルヘキシジングルコン酸塩の方が優れた効果が報告されています29,30)。ベンザルコニウム塩化物は、クロルヘキシジングルコン酸塩と同等の抗菌スペクトルを有しますが、持続性については、クロルヘキシジングルコン酸塩に比べ劣ります17)(図4)。これらのことから、3製剤のうち、最も持続性に優れているのは、クロルヘキシジングルコン酸塩となります。また、クロルヘキシジングルコン酸塩・エタノールは、ポビドンヨード・エタノールやベンザルコニウム塩化物・エタノールより、皮膚に対する刺激についても少ないことが報告されており32)、アルコールとクロルヘキシジングルコン酸塩は、最も望ましい組み合わせであると言えます。

欧米では0.5~1%クロルヘキシジングルコン酸塩を配合するアルコール擦式製剤は、クロルヘキシジングルコン酸塩を配合する抗菌性スクラブ製剤と同等以上の持続性があることが報告されています5)。しかし、従来わが国で使用されてきたクロルヘキシジングルコン酸塩・エタノールのクロルヘキシジングルコン酸塩濃度は、0.2%と欧米の0.5~1%に比べ低濃度であり、高い持続性が必要とされる手術時手洗いにおいては、より高濃度のクロルヘキシジングルコン酸塩を添加した製剤が必要であるとの報告もあり33)、現在では、わが国においても0.5%クロルヘキシジングルコン酸塩・エタノールが販売されています。

図4.手洗い直後より手洗い3時間後に細菌が増加した人の割合17)

図4.手洗い直後より手洗い3時間後に細菌が増加した人の割合17)
【方法】
7.5%ポビドンヨードスクラブ製剤(PV-I)と4%クロルヘキシジングルコン酸塩スクラブ製剤(CHG)による手揉み洗い法およびPV-I に0.2%ベンザルコニウム塩化物・83%エタノール製剤(BCE-AL)、0.2%クロルヘキシジングルコン酸塩・83%エタノール製剤(CHG-AL)を併用した場合の手指消毒効果について、手洗い3時間後の消毒効果を比較検討した。
【結果】
手揉み洗い法では、手洗い3時間後の消毒効果は、CHGがPVIよりも優れていた。アルコール製剤の併用においては、BCE-ALよりもCHG-ALの方が持続性が優れていた。

手術時手洗いの方法

CDCガイドラインの手指衛生ガイドライン(2002)において、手術時手洗いについては、表5のように勧告しています5)。また、厚生労働省医政局指導課長通知「医療施設における院内感染の防止について」においては、手術時手洗いに関する記載は、表6の通りです24)

表5.

  • A.
    指輪、時計、ブレスレットをはずす(カテゴリーⅡ)
  • B.
    流水と爪クリーナを使って爪の下のゴミを取り除く(カテゴリーⅡ)
  • C.
    滅菌手袋を着用する前に、持続性のある抗菌性石けんまたはアルコール擦式製剤で手指消毒を行う(カテゴリーⅠB)
  • D.
    抗菌性石けんを用いる場合には、通常2~6分間、手および前腕をスクラブする。長時間スクラブする必要はない(カテゴリーⅠB)
  • E.
    アルコール擦式製剤を使用する場合には、事前に非抗菌性石けんにより手と前腕を洗い完全に乾燥させる(カテゴリーⅠB)
    • カテゴリーⅠA:よくデザインされた実験的、臨床的、疫学的研究によって強固に支持され、実施を強く勧告する
    • カテゴリーⅠB:いくつかの実験的、臨床的、疫学的研究、あるいは強固な理論的根拠に基づいており、実施を強く勧告する
    • カテゴリーⅠC:連邦政府もしくは州の規制や基準の命令に従って実施が求められる
    • カテゴリー Ⅱ :示唆的な臨床的、疫学的研究、あるいは理論的根拠に基づいており実施を推奨する

表6.

  • 持続殺菌効果のある速乾性擦式消毒薬(アルコール製剤等)による消毒。
  • 手術時手洗い用の外用消毒薬(クロルヘキシジン・スクラブ製剤、ポビドンヨード・スクラブ製剤等)と流水による消毒。この場合においてもアルコール製剤等による擦式消毒を併用することが望ましい。

このように日米どちらのガイドラインにおいても、長時間のスクラブは控える傾向にあり、アルコール擦式製剤を使用した手指消毒が推奨されています。現在のところ、手術時手洗いについて、統一された方法は確立されていませんが、アルコール擦式製剤を使用した手術時手洗いの一例を次ページでご紹介します。