背景
急性期医療環境における重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の伝播は、患者、医療従事者、および医療システムに影響を及ぼす。予防戦略に役立てるため、アウトブレイクの重症度に関連するリスク因子の解析を行った。
方法
このCOVID-19アウトブレイクに関する横断的解析は、2020年3月から2021年3月にかけてFraser Healthの急性期医療施設で実施された。アウトブレイクの重大度の指標として、COVID-19の発症率、アウトブレイク期間、および30日症例死亡数を用いた。すべてのアウトカム指標に一般化推定方程式を用いた一般化線形モデルを用いた。統計学的有意性としてp値0.05を用いた。解析にはSASバージョン3.8、Rバージョン4.1.0、Stataバージョン16.0の各ソフトウエアを用いた。
結果
2020年3月から2021年3月にかけて、Fraser Healthの急性期医療施設で54件のCOVID-19アウトブレイクが宣言された。全体として、アウトブレイク中の手指衛生率が10%増加すると発症率が18%減少し(P<0.01)、死亡者数が1例減少し(P=0.03)、アウトブレイクが短縮した(P<0.01)。建物の経年数が10年増加すると、アウトブレイクが2.2日延長し(P < 0.01)、発症率が増加し(P < 0.05)、死亡者数が増加した(P < 0.01)。
考察
アウトブレイク中の手指衛生遵守率の上昇と3つの重症度指標すべてとの間に逆相関が認められた。建物の経年数もまた各重篤度指標の上昇と関連していた。
結論
本研究は、アウトブレイク時の手指衛生実践の重要性と、多くの施設がインフラ的な課題を抱える古い施設が直面する困難さを浮き彫りにしている。後者は、医療計画と建設に感染制御基準を組み込む必要性を改めて強調するものである。
訳者コメント
COVID-19の院内伝播は、2024年になっても世界中の多くの病院で発生しており、その集団発生を効果的に制御するための方策は未だに不明な点が多い。本研究は、カナダ西部の190万人ほどの人口をカバーするグループ病院12施設で発生した54件のCOVID-19集団発生、感染者454人と接触者1,516人の大きなデータを用いて行われた解析である。
重症度や平均在院日数など患者側の要因が大きく関与しているものは介入することが困難であるが、手指衛生の遵守率や病棟建物の建築後経年数などは介入が可能である。
手指衛生がCOVID-19の集団発生の重大度に関与し、しかも最も大きく左右する要因であったことは、医療関連感染対策として手指衛生が最も基本的かつ重要な要素であることを改めて示した形となった。COVID-19は薬剤耐性菌と異なり空気を介する感染が主体であり、手指衛生のみで感染を防止できるわけではないが、手指衛生の遵守率向上はその他の感染対策の向上とも関連すると想定される。
COVID-19は換気が悪い状況や個室が少ない状況で伝播しやすい特性を持っており、この点では経年数が大きい(古い)建物は感染対策上、不都合と言える。建物は多大な投資を要するものであり、感染対策以外の観点からも長期的な視点に立って更新していくのが望ましいが、日本の社会保険医療制度では建物の更新の原資を得るのが容易ではない。
病院経営層の手腕が問われるところであろう。もちろん、建物が新しければ良いというものでもなく、換気をはじめとする必要な設備を装備したり、職員や患者の動線を考慮したりすることが感染対策上、重要である。