重要性
術前の皮膚消毒は、手術部位感染(SSI)を予防するための確立された手順である。ポビドンヨード(PI)またはクロルヘキシジングルコン酸塩(CHG)の選択については議論がある。
目的
心臓手術後または腹部手術後のSSI予防において、PIアルコールがCHGアルコールに劣らないかどうかを判定すること。
研究デザイン・場所・対象者
多施設、クラスター無作為化、研究者盲検、クロスオーバー、非劣性試験。2018年9月~2020年3月にスイスの3箇所の三次ケア病院で心臓手術または腹部手術を受けた患者4,403例を評価し、3,360例が登録された(心臓2,187例[65%]、腹部1,173例[35%])。最終追跡は2020年7月1日であった。
介入
連続18ヵ月間にわたり、研究施設は毎月、PIアルコールまたはCHGアルコールのいずれかを使用するよう無作為に割り付けられた。消毒薬と皮膚適用プロセスは標準化され、公表されたプロトコールに従った。
主要なアウトカムと測定方法
主要アウトカムは、アメリカ疾病制御予防センター(CDC)のNational Healthcare Safety Networkの定義を用いた腹部手術後30日以内と心臓手術後1年以内のSSIとした。非劣性マージンは2.5%とした。副次的アウトカムは、感染の深さおよび手術の種類によって層別化したSSIであった。
結果
合計1,598例(26クラスター期間)をPI群に、1,762例(26クラスター期間)をCHG群に無作為に割り付けた。患者の平均(標準偏差)年齢は、PI群が65.0歳(39.0~79.0歳)、CHG群が65.0歳(41.0~78.0歳)であった。女性はPI群で32.7%、CHG群で33.9%であった。SSIはPI群で80例(5.1%)、CHG群で97例(5.5%)に確認され、その差は0.4%(95%信頼区間[CI]:-1.1%~2.0%)であり、CIの下限は事前に定義された非劣性マージンである-2.5%を超えなかった。結果はクラスタリングで補正しても同様であった。PI群対CHG群の未調整相対リスクは0.92(95%CI:0.69~1.23)であった。手術の種類による層別化では有意な差は認められなかった。心臓手術では、SSIはPI群の4.2%、CHG群の3.3%に発生した(相対リスク:1.26[95%CI、0.82~1.94])。腹部手術では、SSIはPI群の6.8%、CHG群の9.9%に発生した(相対リスク:0.69[95%CI、0.46~1.02])。
結論
術前の皮膚消毒としてのPIアルコールは、心臓手術後または腹部手術後のSSI予防に関して、CHGアルコールに対して非劣性であった。
訳者コメント
2016年に発行された世界保健機構(WHO)のSSI防止ガイドラインでは、術前の皮膚消毒薬としてCHGアルコールを推奨し、同じ頃に更新されたCDCのSSI防止ガイドラインがCHGまたはPIアルコールを推奨したのと対照的であった。WHOの推奨の主な根拠と思われる研究(Tuuli MG, et al. N Engl J Med 2016;374(7):647-655)は、肥満患者が多く、単一施設での研究であり、帝王切開手術を対象としたため多くが予定外手術となっており、皮膚消毒の標準化がなされていなかった可能性が指摘されている。
近年(10年以内程度)行われた研究では、そのほとんどがPIアルコールとCHGアルコールを比較しており、多くの研究で両者にSSI防止効果の差がないという結論になっており、本研究がその結論をより確固たるものとした、と言える。
ただし、著者らも考察で述べているが、これまでに行われたPIアルコールとCHGアルコールのSSI防止効果を比較する研究では、それぞれの群に使用された薬剤の成分が必ずしも明確でないこともあり、そのことが結果の相違に繋がっている可能性がある。今回紹介した研究も、PIアルコール製剤はBraunoderm®を使用しているが、その成分は100mL中50gの2-propanol、すなわちイソプロパノールと10%の遊離ヨードを含んでいると記載されている。従ってPIは10%であるが、製剤の比重が不明なのでアルコール濃度が算定できない。CHGアルコール製剤はSoftasept® CHXを使用しているが、こちらは1mL中に20mgのCHGと0.7mLのエタノールを含有していると記載されている。CHGは0.2%、エタノール濃度はvol/volで70%と算定できる。CHGとPIの性質上、同じアルコールを使用するのが難しいのかもしれないが、術前皮膚消毒に最適な消毒薬の組成を定めるには必要な過程なのかもしれない。