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vol.79 セフロキシムによる外科的抗菌薬予防のタイミングと手術部位感染との関連
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重要性

世界保健機関のガイドラインでは、セフロキシムを含む外科的抗菌薬予防(SAP)を切開前120分以内に投与することを推奨している。しかし、この長い間隔を支持する臨床現場からのデータは限られている。

目的

セフロキシムによるSAPの投与時期が手術部位感染(SSI)の発生に関連するかどうかを評価すること。

デザイン、場所、研究対象

このコホート研究は、2009年1月から2020 年12月までの間に、スイスの158の病院においてSwissnoso SSIサーベイランスシステムによって記録された、セフロキシムSAPを用いた11の主要外科手術のうち1つを受けた成人患者を対象とした。2021年1月から2023年4月までに解析が行われた。

曝露

切開前のセフロキシムSAP投与のタイミングを、切開61~120分前、切開31~60分前、切開0~30分前の3群に分けた。さらに、術前投与と手術室での投与をそれぞれ30~55分、10~25分を代用指標としてサブグループ解析を行った。SAP投与のタイミングは、麻酔記録から得られた投与開始時刻とした。

主要評価項目と解析方法

アメリカ疾病対策予防センター(CDC)の定義によるSSIの発生。施設・患者・周術期変数で調整した混合効果ロジスティック回帰モデルを適用した。

結果

サーベイランス対象患者538,967人のうち、222,439人(男性104,047人[46.8%]、年齢中央値[四分位範囲]65.7[53.9-74.2]歳)が組み入れ基準を満たした。SSIは5,355例(2.4%)に確認された。切開61~120分前にセフロキシムSAPが投与された患者は27,207例(12.2%)、切開31~60分前に投与された患者は118,004例(53.1%)、切開0~30分前に投与された患者は77,228例(34.7%)であった。切開0~30分前のSAP投与は、切開61~120分前の投与と比較して、SSI発生率の低下と有意に関連していた(調整オッズ比[aOR]、0.85;95%CI、0.78~0.93;P<0.001)。切開31~60分前のSAP投与も同様に有意なSSI発生率の低下と関連していた(aOR、0.91;95%CI、0.84~ 0.98;P=0.01)。切開の10~25分前にSAPを投与した45,448例(20.4%)は、切開の30~55分前にSAPを投与した117,348例(52.8%)と比較して有意にSSI発生率が低下した(aOR、0.89;95%CI、0.82-0.97;P=0.009)。
表 SSIを従属変数とする完全調整混合効果ロジスティック回帰モデル

結論と関連性

このコホート研究において、セフロキシムSAPを切開時間近くに投与することは、SSIの発生確率を有意に低下させることと関連しており、セフロキシムSAPは切開前60分以内、理想的には10~25分以内に投与すべきであることが示唆された。

訳者コメント

 周術期抗菌薬予防は、近代外科医療において欠かせないものであり、周術期の感染性合併症を大きく減少させ安全な手術を行う上で大きな貢献を果たしてきた。その一方で、標準的な投与方法については未だ不明な点が多い。
 本論文において研究されたのは、手術開始の何分前に投与を開始するのが感染性合併症防止の上で最適かという点である。その結果、手術開始30分以内の投与が、開始60分以上前より優れていること、更にサブ解析によって25-10分前が55-30分前より優れていることが明らかになった。
 本研究はスイスの国家的医療関連感染サーベイランスシステムであるSwissnosoに登録された数十万例の手術をもとにしたリアルワールドデータであり、その統計学的な検出力は大きく、SSIのリスク低減効果が10%程度であっても有意差となって検出される。筆者は日本の厚生労働省事業である院内感染対策サーベイランス事業のデータを用いて検討を行ったが、リスク因子として調整に用いられているASAスコアや創分類が手術の種類によってはそうでないことや、性別などがリスク因子であることを明らかにすることができた。
 この研究結果を踏まえると、抗菌薬予防投与のタイミングとして、患者が手術室に入室してから開始するのが良いと言える。しかし本研究には重大な問題がある。使用した抗菌薬としてセフロキシム、つまり第2世代セファロスポリンに限定しているが、この抗菌薬が周術期感染予防として使用されるのであれば、消化管や婦人科系・泌尿器科系手術などが標準的である。しかし、研究対象となっている手術の種類として、第1世代セフェムを使用すべきヘルニア修復や心臓手術、股関節・膝関節置換などの整形外科手術が全体の過半数を占めている。本研究で結論が出たと考えるのは時期尚早と言えよう。