はじめに
- 麻疹は感染力が極めて強く、重篤な合併症や死亡を引き起こす可能性がある疾患である。麻疹ワクチンは麻疹の予防に非常に効果的で、過去50年間で推定9,400万人の命を救ってきた。
- 世界保健機関(WHO:World Health Organization)の6つの地域[註釈1]のすべての国が麻疹の撲滅に取り組んでいるが、2023年末時点で麻疹の撲滅を達成し、それを維持しているWHO地域はない。
- 予防接種アジェンダ2030[註釈2]では、予防接種プログラムの影響を示す中核的な指標として麻疹の撲滅が挙げられており、免疫ギャップを特定するための厳格な麻疹監視システムの重要性と、このギャップを埋めるために麻疹含有ワクチン(MCV:measles-containing vaccine)を2回適時に接種して95%の接種率を公平に達成することの重要性が強調されている。
- 麻疹の感染は、小児期に必須のワクチンを提供する医療システムの能力を示すトレーサーとしても機能している。
結果
[予防接種活動]
- 2000年から2019年にかけて、MCV1(1回目のMCV接種)の推定接種率は世界全体で71%から86%に増加し、COVID-19パンデミック中の2021年には81%に低下し、 2022年に83%に増加し、2023年は変化がなかった。
- 2019年から2021年にかけてすべてのWHO地域で接種率が低下し、2022年から2023年にかけてアフリカ地域、アメリカ地域、欧州地域でのみ増加した。 2019年のMCV1の接種率レベルを取り戻した地域はなかった。
- 2023年のMCV1の接種率は、低所得国で64%、中所得国で86%、高所得国で94%であった。FCV環境[註釈3]のある国とない国では、それぞれ67%と89%であった。
- 2019年から2023年の期間に少なくとも1回の大規模または破壊的な麻疹のアウトブレイクの影響を受けた104か国における2023年のMCV1の接種率が80%であったのに対し、影響を受けなかった国では91%であった。
- 2023年には、2,220万人の小児がMCV1(定期予防接種サービスを介して)を接種していなかった。2022年と比較して47万2,000人(2%)増加したが、2021年と比較すると210万人(9%)減少した。
- MCV1を接種していない乳児の数が最も多い10か国は、アフリカ地域(4か国)、東地中海地域(4か国)、南東アジア地域(2か国)であり、MCV1を接種していない世界中の小児の57%を占めた。
- 2000年から2019年にかけて、MCV2の導入が主な要因となり、MCV2の推定接種率は17%から71%に増加した。2020年から2021年にかけて、COVID-19パンデミックの影響でMCV2の接種率の増加は停滞したが、2022年には73%、2023年には74%に増加した。MCV2を提供する国の数は、2000年の194か国中95か国(49%)から2023年には190か国(98%)に101%増加し、2023年には2か国が追加された。
- 2023年には37か国で約1億1,200万人がMCVを接種し、さらに14か国での麻疹アウトブレイク対応活動中に940万人が接種を受けた。
[監視活動の成果と報告された麻疹の発生率]
- 2023年に除外症例[註釈4]を報告した149か国(77%)のうち、人口10万人当たり2人以上の除外症例という麻疹監視感度指標の目標を達成したのは、2022年の145か国中74か国(51%)に対し、2023年は86か国(58%)であった。
- 世界麻疹風疹検査ネットワーク[註釈5]が麻疹検査のために受け取った検体の数は、2022年は274,270件であったが、2023年には436,421件となった。
- 2023年に報告された麻疹症例数(663,795人)は、2022年の症例数(205,173人)と比較して224%増加した。これは発生率が人口100万人当たり28人から91人に225%増加したことに相当する。
- 2023年の低所得国の麻疹発生率は100万人当たり583人であったのに対し、中所得国と高所得国ではそれぞれ100万人当たり37人と26人であった。
- 2023年のFCV環境のある国での麻疹発生率は100万人当たり362人で、FCV環境のない国(100万人当たり34人)の10倍以上であった。
- 2023年には、WHOの5つの地域にある57か国で大規模または混乱を伴う麻疹のアウトブレイクが発生し、2022年の4つの地域にある36か国と比較して58%増加した。
- 2023年の57件のアウトブレイクのうち、27件(47%)はアフリカ地域、13件(23%)は東地中海地域、10件(18%)は欧州地域、4件(7%)は南東アジア地域、3件(5%)は西太平洋地域で発生した。
[報告された麻疹の遺伝子型]
- 世界麻疹風疹検査ネットワークによって報告された麻疹の遺伝子型の数は、2013年の9つから2021年以降は2つに減少した。2023年には、74か国から合計3,373件の配列が報告され、そのうち2,503件(74%)が遺伝子型D8、870件(26%)が遺伝子型B3であった。
- 2022年に48か国から報告された1,588件の配列のうち、848件(53%)が遺伝子型D8、740件(47%)が遺伝子型B3であった。
[麻疹の症例と死亡率の推定]
- 麻疹の推定症例数は2000年の36,940,000人から2023年には10,341,000人に72%減少し、麻疹による推定年間死亡者数は2000年の800,000人から2023年には107,500人に87%減少した。
- 2022年の推定症例数8,645,000人および推定死亡者数116,800人と比較すると、2023年には推定症例数が20%増加し、死亡者数は8%減少した。
- 2000年から2023年の間に、麻疹ワクチン接種を受けなかった場合と比較して、麻疹ワクチン接種により世界中で推定6,030万人の死亡が防がれた(図)。
[麻疹撲滅の地域検証]
- 2023年末までに、82か国(42%)で麻疹の排除[註釈6]を達成または維持したことが検証されたが、WHO地域は排除を達成して維持しておらず、アフリカ地域の国ではまだ麻疹を排除したことが検証されていない。
- 2016年にアメリカ地域が麻疹排除の検証を達成した後、ブラジルとベネズエラで風土病感染が再び発生し、ベネズエラでは2023年に排除が再検証された。2024年11月、ブラジルは2023年のデータに基づいて再検証され、アメリカ地域は再び風土病の麻疹から解放された。
議論
- 世界的に、MCVの接種率は2022~2023年に停滞し、COVID-19パンデミック前のMCV1の接種率レベルを取り戻した地域はない。
- アフリカ地域では2022~2023年にMCV1とMCV2の接種率が改善した。しかし、接種率が停滞し、急速に増加する人口に追いつけない場合、未接種の小児の数は増加する。
- 麻疹の監視パフォーマンスは改善の兆しを見せており、目標の除外症例率[註釈4]を達成する国が増加し、2023年には他の近年と比較して、世界麻疹風疹検査ネットワークに定期的な検査と配列決定のために提出される検体数が増加している。
- 除外症例率の改善は監視パフォーマンスの向上によるものである可能性があるが、アウトブレイクでの検査の増加も寄与している。
- 2022年から2023年にかけて、さらに多くの国で大規模または破壊的なアウトブレイクが発生し、それには欧州地域、東地中海地域、南東アジア地域、西太平洋地域でのアウトブレイクが含まれている。
- 麻疹のアウトブレイクが多くの国で発生したが、これにはアフリカ地域の国々(2022年から2023年にかけて大規模または破壊的なアウトブレイクが同数発生した)よりも小児が麻疹で死亡する可能性が低い国々が含まれていたため、麻疹の症例数が増加したにも拘わらず、2022年と比較して2023年の世界の麻疹による推定死亡者数はわずかに減少した。
- 低所得国とFCV環境の影響を受ける国では、ワクチン接種率が最も低く、麻疹の発生率が最も高くなっている。このような不平等が麻疹の根絶を妨げている。
[註釈1]
WHOは世界を6つの地域(アフリカ[AFR]、アメリカ[AMR]、南東アジア[SEAR]、欧州[EUR]、東地中海[EMR]、西太平洋[WPR])に分けている。日本は西太平洋地域である。
[註釈2]
2020年、世界保健総会によって予防接種アジェンダ2030(IA2030:Immunization Agenda 2030)が承認された。
その目的は生涯を通じてワクチンで予防可能な病気(VPD:Vaccine Preventable Disease)による罹患率と致死率を減少させることである。
[註釈3]
FCV環境(Fragile, conflict-affected and vulnerable settings)は人道的危機、長期にわたる緊急事態、武力紛争など、さまざまな状況を表す広義の用語である。
[註釈4]
除外症例(discarded case)は、「熟練した検査室での臨床検査」または「検査室で確認された伝染病のアウトブレイクとの疫学的関連性」のいずれかを使用して調査され、麻疹でも風疹でもないと判断された疑い例として定義される。除外症例率(discarded case rate)は麻疹監視感度を測定するために使用される。麻疹が広がっていないことを証明するためには、麻疹ではないと確認された症例も含め、十分な数の検査が行われていることが重要である。そのため、除外症例率を高く保つことが、麻疹の監視と排除状況を確認するための指標とされている。
[註釈5]
世界麻疹風疹検査ネットワーク(GMRLN:Global Measles and Rubella Laboratory Network)は、品質管理された検査室検査を通じて症例を確認し、流行している麻疹ウイルスの遺伝子型判定を実施する。麻疹と風疹の監視をサポートする762の検査室で構成されている。
[註釈6]
排除とは、適切に機能する監視システムの存在下で、定義された地理的地域において麻疹ウイルスのエンデミック伝播が12か月以上存在しないことと定義される。
文献
-
- Minta AA, et al. Progress toward measles elimination – Worldwide, 2000‒2023
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/73/wr/pdfs/mm7345a4-H.pdf
- Minta AA, et al. Progress toward measles elimination – Worldwide, 2000‒2023
矢野 邦夫
浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問