現在、「隔離予防策のための CDC ガイドライン 2024 年改訂ドラフト版」が公開されている。その中に介護施設における多剤耐性菌対策として「強化バリア予防策(Enhanced Barrier Precaution)」が記載されている。CDCが強化バリア予防策と接触予防策の比較を要約しているので紹介する1)。
背景
- 介護施設の入居者は、多剤耐性菌(MDRO:multi-drug resistant organism)による保菌や感染症を発症するリスクが高まっている。
- 介護施設の入居者の50%以上がMDROを保菌している可能性があり、介護施設はMDROのアウトブレイクの現場となっている。これらのMDROが入居者の感染につながった場合、利用できる治療の選択肢は限られている。
- 接触予防策の実施は「MDROの伝播を防ぐための個人防護具(PPE:personal protective equipment)の使用と部屋の制限」と「入居者の生活の質」のバランスを取ろうとする介護施設にとって課題になっている。そのため、多くの介護施設では、入居者がMDROに感染して治療を受けている場合にのみ接触予防策を実施している。
- 活動性感染症のある入居者だけに焦点を当てることは、症状がないMDROの保菌の入居者からの継続的な感染リスクに対処することができない。
- MDROの保菌は長期間(たとえば数か月)持続することがあり、それがMDROの静かな拡散につながっている。
- 深刻な抗菌薬耐性の脅威の検出に対する効果的な対応が求められる中、MDROの伝播を防ぐため、介護施設における従来の接触予防策の実施はほとんどの入居者にとって実施不可能であるというエビデンスが増加している。
対象となる多剤耐性菌
[CDC が対象とする多剤耐性菌(例)]
- 汎耐性菌(Pan-resistant organism)
- カルバペネマーゼ産生カルバペネム耐性腸内細菌目細菌
- カルバペネマーゼ産生カルバペネム耐性シュードモナス属
- カルバペネマーゼ産生カルバペネム耐性アシネトバクター・バウマニ
- カンジダ・アウリス
[疫学的に重要なその他の多剤耐性菌(例)]
以下のものが含まれるが、これらに限定されるわけではない
- メチシリン耐性黄色ブドウ球菌
- ESBL産生腸内細菌目細菌
- バンコマイシン耐性腸球菌
- 多剤耐性緑膿菌
- 薬剤耐性肺炎球菌
予防策の解説
[標準予防策]
- 感染または保菌の疑いまたは確定の有無にかかわらず、すべての入居者のケアに適用される一連の感染予防策である。血液、体液、分泌物、排泄物(汗を除く)には伝播しうる感染性物質が含まれている可能性があるという原則に基づいている。
- ガウンや手袋などの PPE の適切な選択と使用は、手指衛生、安全な注射手技、呼吸器衛生と咳エチケット、環境の清掃と消毒、再利用可能な医療機器の再処理とともに、標準予防策の 1 つの要素である。
- PPEの使用は「スタッフと入居者のやり取り」および「血液、体液、病原体への曝露の可能性」に基づいている(たとえば、血液、体液、粘膜、損傷した皮膚、汚染されている可能性のある環境表面や機器との接触が予想される場合は手袋を着用する)。
[接触予防策]
- 標準予防策だけでは病原体の伝播が完全には阻止できない場合に実施される感染経路別予防策の 1 つである。
- 接触予防策は、入居者または入居者の環境との直接的または間接的な接触によって広がる MDRO などの感染性病原体の伝播を防ぐことを目的としている。
- 接触予防策では、入居者の部屋に入るたびにガウンと手袋を着用する必要がある。
- 入居者には専用の器具(聴診器や血圧計など)が渡され、個室に入れられる。
- 個室が利用できない場合は、何人かの入居者(同じ病原体を持つ入居者など)をコホーティングすることがある。
- 接触予防策下の入居者は、医学的に必要なケアを除き、自分の部屋に閉じ込められ、グループ活動への参加は制限される。
- 接触予防策には室内制限が必要であるため、通常は時間制限が設けられ、実施する場合は中止または段階的縮小の計画も含める必要がある。
[強化バリア予防策]
- MDROがスタッフの手や衣類に移動する可能性がある、接触の多い入居者ケア活動中は、PPEの使用を拡大し、ガウンと手袋を使用するようにする。
- MDROは、接触の多いケア活動中に、入居者から入居者へと間接的に移動することがある。
- 創傷および留置型医療器具のある介護施設入居者は、MDROの獲得および保菌のリスクが特に高い。
- 接触予防策が適用されない場合は、MDROの保菌の有無にかかわらず、創傷や留置型医療器具のある介護施設入居者、ならびにMDRO感染または保菌のある入居者に対して、接触の多い入居者ケア活動でのガウンと手袋の使用が適応となる。
- 強化バリア予防策のためにガウンと手袋の使用を必要とする、接触の多い入居者ケア活動の例は次のとおりである。
|
- 一般的に、標準予防策の遵守に必要な場合を除き、上記以外の入居者ケア活動ではガウンと手袋は必要ない。
- 入居者は自分の部屋に閉じ込められたり、グループ活動への参加が制限されたりすることはない。
- 強化バリア予防策は接触予防策のような活動や部屋の配置の制限を課さないため、入居者が施設に滞在している間、または傷が治癒するか、リスクを高めた留置医療器具が中止されるまで実施される。
実行
- 予防策の種類と必要なPPE(ガウンや手袋など)を示す明確な標識を入居者の部屋のドアまたは壁の外に掲示する。
- 強化バリア予防策では、ガウンと手袋の使用を必要とする接触の多い入居者ケア活動についても標識で明確に示す必要がある。
- ガウンや手袋などのPPEを病室のすぐ外にすぐに利用できるようにする。
- すべての入居者の部屋(理想的には部屋の内外両方)にアルコール手指消毒薬を確実に設置する。
- 入居者の室内と出口の近くにゴミ箱を設置し、取り外した後、退室前、同じ部屋の他の入居者のケアを行う前にPPEを廃棄する。
文献
-
- CDC. Implementation of Personal Protective Equipment (PPE) Use in Nursing Homes to Prevent Spread of Multidrug-resistant Organisms (MDROs)
https://www.cdc.gov/long-term-care-facilities/hcp/prevent-mdro/ppe.html
- CDC. Implementation of Personal Protective Equipment (PPE) Use in Nursing Homes to Prevent Spread of Multidrug-resistant Organisms (MDROs)
矢野 邦夫
浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問