ケンエーIC News

152号 空気を介して伝播する病原体に関する用語
PDFファイルで見る
空気を介した病原体の伝播を説明するために使用される用語は、科学分野、機関組織、一般の人々によって異なる。これは何十年も前からそうであったが、COVID-19 のパンデミック期に、「空気感染」、「空気伝播」、「エアロゾル伝播」という用語が、様々な科学分野の関係者によって異なる方法で使用され、病原体が人間の集団内でどのように伝播するかについて誤解や混乱を招いた可能性がある。そのため、世界保健機関 (WHO:World Health Organization) は「アフリカ疾病予防管理センター」「中国疾病予防管理センター」「欧州疾病予防管理センター」「米国疾病予防管理センター」との共同作業で「空気を介して伝播する病原体の用語提案に関する世界技術協議報告書」1)を作成した。そのなかの重要ポイントを紹介する。

感染性呼吸器粒子について

  • 病気の感染性ステージでは、感染者は水分や呼吸器分泌物とともに、病原体を含む粒子を生成することがある。このような粒子は「感染性呼吸器粒子(IRP:infectious respiratory particle)」と呼ばれる。
  • IRPは呼気流によって運ばれ、感染者が呼吸、会話、歌唱、唾吐き、咳、くしゃみをするときに口や鼻から出て、周囲の空気中に放出される。
  • IRPは様々なサイズ (直径がサブミクロンからミリメートルまで) で存在し、乱気流のパフ クラウド[ puff cloud ] (肺からのガスと呼吸器粒子の呼気混合物)によって、空気中を移動する。
  • IRPはパフ クラウドによって運ばれるが、クラウドの運動量が十分に減少してIRPが背景の空気の動きによって拡散できるようになるまで、IRPは濃縮されたままである。

感染性呼吸器粒子に影響を与える要因

  • 呼気中のIRPの分布、拡散、個人へのその後の効果に影響を与える要因は多数ある。
[宿主] 感染既往、ワクチン接種、個人の自然免疫、細胞性免疫、体液性免疫の状態を含む宿主の免疫状態
[病原体の特性] 病原体が空気中に浮遊した後も感染力を維持する能力と、病原体が宿主の気道の表面に沈着した後の病原体数と感染の関係
[粒子サイズ] IRPは連続した空気力学的サイズのスペクトルで形成され、小さい粒子と大きい粒子を区別するために単一のカットオフポイントを適用すべきではない。これによって、これまで考えられていた二分法[エアロゾル(一般的には小さな粒子)と飛沫(一般的には大きな粒子)として知られている] から脱却することができる。通常は大きな粒子よりも小さな粒子の方が数が多い。
[排出速度] 排出速度は、呼気の力や周囲の状況に関連するその他の要因によって異なる。希釈のため、IRPの濃度は発生源(感染者の呼吸器からIRPが排出される場所)に近いほど高く、発生源から離れてランダムに拡散するにつれて濃度が低くなる。
[重力の影響] 重力の影響により、大きなIRPは放出された後、急速に落下し、最終的には地面または他の環境表面(通常、感染者の気道から放出された場所から1~2メートル以内)に到達する。
[排出の様式] より強い呼気(すなわち、総呼気量の増加)をもたらす活動(くしゃみ、咳、大声で歌う、叫ぶなど)の運動量は、IRPを1~2メートル以上飛ばすことが知られている。
[蒸発] 口や鼻から排出された後、あらゆるサイズのIRPでは水分の一部が蒸発する。一般的な環境下では、IRPのサイズと重量は様々な速度で減少する。蒸発速度は粒子が環境表面に付着する前に空気中にどのくらい長く留まり、どのくらい遠くまで移動するかに影響される。粒子が小さいほど、空気中に長く留まり、より遠くまで移動する可能性が高くなる。
[環境条件] 上記の伝播要因に加えて、周囲の空気温度、日光、湿度、空気の流れと大きさ、IRPが排出される空間の占有状況と使用状況は、IRPの感染性、持続期間、伝播速度、移動距離に影響を与える。
[IRPの濃度] 発生源からの距離が長くなるにつれて、周囲の空気による希釈が増加し、IRPの濃度は低下する。濃度は換気システムからの周囲の空気の流れによっても影響を受ける。換気が不十分な場合、濃度は時間の経過とともに増加する可能性がある。
  • IRPが感染者から放出された後、病原体に特有の時間枠で徐々にIRPの感染力が弱まる。これは、時間の経過とともに微生物の感染力が減少するか、または拡散と希釈が進み、特定の場所の空気中の粒子の濃度が低下するためである。

感染性呼吸器粒子の伝播様式

  • IRPが移動し、侵入し、他の人に感染する様式には、おおまかに次の3つがある[図]。

図.感染性呼吸器粒子の特徴と伝播様式の用語

[空気伝播/ 吸入(airborne transmission/inhalation)] IRPが空気中に放出され、吸入によって他の人の気道に入ると空気伝播/吸入が発生する。この伝播形態は、IRPが感染者から短距離または長距離を移動した場合に発生する。空気伝播中に IRPが気道組織に侵入する入り口は、理論的には人の気道のどの部分でも構わないが、好まれる侵入部位は病原体によって異なる。移動距離は、粒子のサイズ、排出様式、環境条件(気流、湿度、温度、背景、換気など)を含む複数の要因によって異なる。
[直接沈着(direct deposition)] IRPが短距離の半弾道軌道をたどって空気中に放出され、他の人の露出した顔面の粘膜表面(口、鼻、目)に直接沈着し、これらの入り口から人間の気道に入り込み、感染を引き起こす。
[接触伝播(contact transmission)] 空気中に放出されたIRPが環境表面に付着するか、感染者が最初に自分の口、鼻、目に触れてから環境表面に触れたり握手したりして、IRPを移動させると、汚染表面が作り出される。汚染された表面上の感染性病原体は、その後、その汚染された表面に触れた別の人に移り、その人が自分の口、鼻、目に触れる。これは間接接触伝播(indirect contact transmission)と呼ばれる。さらに、直接接触伝播(direct contact transmission)は、感染者が感染性病原体をIRP経由ではなく、直接接触(握手など)によって自分の気道から他の人に直接伝播させる場合に発生する。この場合、その人はIRPを自分の口、鼻、目に直接移動させている。

曝露と感染との関係

  • 空気を介した病原体の曝露は、感染者の気道から放出された病原体が別の人の気道に侵入する物理現象である。ただし、曝露したからと言って、感受性宿主が必ず感染するとは限らない。
  • 感染は、排出されたIRPが気道に入り、呼吸器組織と接触し、感受性のある人の体内で感染性病原体が増殖した後にのみ発生するイベントである。
  • 感受性のある人が感染するかどうかに影響を与える要因は複雑で多数あり、病原体とそれに含まれる粒子の生物学的特性、感受性のある宿主の免疫反応、IRP内の微生物の濃度、曝露期間、環境要因などが含まれる。

感染性呼吸器粒子の空気伝播と感染リスクに影響を与えるいくつかの要因

  • 多くの要因が、放出されたIRPの生存率、感染性、毒性、濃度に影響を及ぼし、他の人への感染や疾患のリスクに寄与する可能性がある。
  • 空気を介して伝播する病原体のリスクを軽減できる緩和策は数多くある。IRPの空気感染のリスクを軽減するには「距離を置くこと」「マスクを着用すること」「屋内空間内で十分な換気/希釈をすること」「気流パターン」を考慮する必要がある。
  • IRPが周囲の空気中で希釈される機会は屋内よりも屋外の方がほぼ常に多いため、IRPの伝播は屋外よりも屋内で発生する可能性が高い。

文献

  1. WHO. Global technical consultation report on proposed terminology for pathogens that transmit through the air
    https://www.who.int/publications/m/item/global-technical-consultation-report-on-proposed-terminology-for-pathogens-that-transmit-through-the-air” target=”_blank” rel=”noopener

矢野 邦夫

浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問