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150号 市営灌漑水に関連した大腸菌 O157:H7のアウトブレイク
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2023年7月から9月にかけて、米国ユタ州で未処理の市営灌漑水に関連した志賀毒素産生大腸菌O157:H7のアウトブレイクが発生した。13人が発症し、7人が入院し、そのうち2人が溶血性尿毒症症候群となった。この灌漑水システムは日本の市町には導入されていないので、国内で同様のアウトブレイクが発生することはないと推測するが、興味深い事例なので紹介する1)

調査と結果

[アウトブレイクの特定と症例の特徴]

  • 志賀毒素産生大腸菌(STEC:Shiga toxin‒producing Escherichia coli)O157:H7は、腎臓に影響を及ぼす重篤で生命を脅かす溶血性尿毒症症候群(HUS:hemolytic uremic syndrome)を引き起こすことがある。特に、幼児(5歳未満)はHUSに罹患しやすい。
  • 2023年7月25日から30日にかけて、STEC O157:H7感染症の小児6人がユタ郡保健局(UCHD:Utah County Health Department)に報告された。彼らは7月22日から27日の期間に発症しており、6人全員がユタ州A市に住んでいた。
  • UCHDの調査員は、発症前の様々な曝露を評価するために、標準的な症例調査フォームを使用して、特定された小児の両親にインタビューした。
  • 予備的な全ゲノムシーケンス(WGS:whole genome sequencing)では、2人の小児の臨床分離株には互いに対立遺伝子の違いがないことが判明し、アウトブレイクが発生していることが示唆された。7月31日にアウトブレイク調査が開始された。
  • 調査員は、このアウトブレイクに関連するSTEC O157:H7が確認された13人の小児を特定した。発症は7月22日から8月31日の期間であった(図)。
  • 患者の年齢中央値は4歳(範囲=1~15歳)であった。7人が入院し、そのうち2人はHUSであった。死亡は報告されていない。

図.志賀毒素産生大腸菌O157:H7感染症の報告数、発症日別*(N=13)-ユタ州A市、2023年7月~8月

 

[未処理の市営加圧灌漑水の曝露とアウトブレイクの関連性]

  • 調査員は、これらの症例とその後特定された症例についての追加の曝露情報を得るための質問票を作成し、それには未処理の市営加圧灌漑水(UPMIW:untreated,pressurized,municipal irrigation water)の曝露が含まれた。
  • UPMIWは貯水池から住宅に配管される表層水(註釈:海や湖などの表層の水)で、屋外の景観用(芝生や庭園)であり、飲用やレクリエーション活動には適していない。また、UPMIWには定期的な監視や検査は実施されていない。
  • A市のすべての住宅と事業所は、UPMIWシステムに屋外接続されている。A市のUPMIWは主に山の雪解け水から供給され、川と地下パイプラインによって48km以上運ばれ、A市と周辺地域内のいくつかの開放型UPMIW貯水池に運ばれて、その後、住宅接続部にポンプで送られる。A市のUPMIWシステムの二次的な水源は、公共井戸や自然の表層水(近くの川や小川など)である。
  • 患者13人中12人が、症状発現の1週間前に「ホースの水(5人)、芝生用の空気注入式の水用玩具(3人)、給水台(2人)で遊んだ」「飲水した(2人)」「スプリンクラーの中を走った(1人)」など、A市でのUPMIWの曝露を報告した。UPMIWの曝露を報告しなかった1人の患者はA市の住民ではなかったが、症状発現前の1週間にA市で過ごしていた。

[環境調査]

  • 8月14日、A市のUPMIW貯水池2か所と、患者がUPMIWの曝露を報告した9か所のサイト(個人宅を含む)で環境調査が実施された。
  • 「大量の水サンプル」「貯水池の堆積物と鳥の糞のサンプル」「蛇口、ホース、玩具、その他UPMIWと接触した可能性のある表面の拭き取り検体」が採取された。

[検査調査]

  • 鳥の糞便サンプルをユタ州公衆衛生研究所に提出し、STEC O157:H7培養を行った。その他の環境サンプルはCDCに提出され、STEC O157:H7の培養を行った後、STEC O157:H7分離株のWGSを実施した。
  • 水サンプルには、100mL当たりの一般的な大腸菌および全大腸菌群の検査が行われた。
  • STEC O157:H7が、9か所の曝露サイトのうち5か所のUPMIW貯水池堆積物および水サンプルから分離された。その他の環境サンプルからは、STEC O157:H7は検出されなかった。
  • STEC O157:H7が検出された2つの曝露サイトでは、一般大腸菌や全大腸菌群は検出されなかった。

公衆衛生への対応

  • UCHDは、環境調査前の8月4日(最初の8人の症例を特定した後)にプレスリリースを発行し、一般市民にアウトブレイクを通知し、UPMIWを飲んだり、それで遊んだりしないよう警告した。プレスリリースの後、さらに2人の症例が報告された。
  • 8月19日、A市は2回目のプレスリリースを発行し、UPMIWサンプルでSTEC O157:H7が検出されたことを述べ、住民に自家栽培の農産物を調理し、芝生への水やりを避けるよう推奨し、UPMIWを飲んだり、それで遊んだりしないよう再度警告した。
  • 8月28日、A市は郵送物を配布し、UPMIWを飲用またはレクリエーションに使用することに伴うリスクについて住民にさらに知らせた。
  • 8月22日、ユタ州保健福祉省は、このアウトブレイクに関する健康警報ネットワークのメッセージを発表し、医療提供者に対し、下痢性疾患を持つ人の便検査を実施するよう奨励し、医療従事者にHUSの症状について教育した。また、治療によりHUSのリスクが増加する可能性があるため、STEC感染症に抗菌薬治療をしないように警告した。

考察

  • UPMIWシステムは米国では一般的ではない。しかし、ユタ州の一部のコミュニティでは、住宅の屋外景観を灌漑するために使用されている。これらのシステムは、飲料水を節約し、水処理コストを削減するように設計されている。
  • ユタ州のUPMIWシステムは、飲料やレクリエーションを目的としたものではなく、水質の監視や検査は行われていない。
  • UPMIWはA市でも消火用に使用されているため、住民は年間を通じて利用できるが、その使用は景観灌漑期(通常は4月中旬から10月中旬)にのみ奨励されている。
  • 疫学的および検査的エビデンスにより、UPMIWがこのコミュニティSTEC O157:H7 アウトブレイクの媒介物であることが確認された。
  • STEC O157:H7 が検出された 2 つの曝露サイトでは、一般大腸菌および全大腸菌群は検出不可能なレベルであった。このような所見は、一般的な大腸菌の検査がSTEC O157:H7を検出できないことを考慮すると、驚くべきことではない。
  • ユタ州の水道業者は以前、住民にUPMIWを飲んだり、それで遊んだりしないよう指示していた。しかし、A市の最近の人口増加により、最近到着した住民がUPMIW関連のリスクについて知らされていない可能性がある。

 

文献

  1. Osborn B,et al.Shiga Toxin‒Producing Escherichia coli O157:H7 Illness Outbreak Associated with Untreated,Pressurized,Municipal Irrigation Water-Utah,2023
    https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/73/wr/pdfs/mm7318a1-H.pdf

矢野 邦夫

浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問