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148号 カニクイザルにおけるMycobacterium orygisのアウトブレイク
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非ヒト霊長類は、ヒトの結核を引き起こす結核菌群[ 註釈] に感染する可能性がある。米国において東南アジアから輸入されたカニクイザルで、Mycobacterium orygisのアウトブレイク(26 頭)が発生した。このときには飼育員での感染は防止されたが、非ヒト霊長類の輸入では、バイオセーフティプロトコルの順守が重要であることが浮き彫りになった。CDC が週報(MMWR) にて詳細を報告しているので紹介する1)

はじめに

  • CDC は公衆衛生法に基づいて非ヒト霊長類の輸入と検疫を規制している。 米国に輸入するすべての非ヒト霊長類はCDC 登録施設によって輸入され、検疫と結核検査を受ける必要がある。
  • 輸入された非ヒト霊長類は、CDC が義務付ける検疫から解放される前に、動物用ツベルクリンを眼瞼に皮内注射して、少なくとも2週間の間隔で少なくとも3回のツベルクリン皮膚検査が陰性でなければならない。
  •  2013年から2020年の期間に輸入された19頭の非ヒト霊長類( この期間に輸入された全非ヒト霊長類の0.009%) がツベルクリン皮膚検査陽性であった。しかし、隔離期間中に培養で結核菌が確認された非ヒト霊長類はいなかった。
  •  研究用に輸入される非ヒト霊長類の供給源は、COVID-19のパンデミック中に著しく変化した。2019年は非ヒト霊長類の60% は中国からの輸入であったが、2021年までに中国からの輸入は完全に停止され、輸入された非ヒト霊長類の65%は東南アジア産となった。
  •  2023年1月、飼育下のカニクイザル(Macaca fascicularis)540頭が研究目的で東南アジアから米国に空輸された。カニクイザルはCDC 認可の施設で検疫され、複数の検疫隔離室に収容された。各隔離室には前室や廊下に対して陰圧を維持する個別の空気処理システムが設置されていた。
  •  輸送および検疫のための消毒プロトコルには、米国環境保護庁に登録された殺結核製剤の使用が含まれていた。非ヒト霊長類から5フィート(1.52m)以内に近づく運送業者および検疫施設のスタッフは、フィットテスト済みのN95マスクまたは高レベルのマスクを含む個人防護具を着用することが義務付けられている。
  • 輸入業者は、少なくとも年に一度、医療許可、マスクの適合性検査と訓練、結核スクリーニングを含む労働衛生プログラムを実施する必要がある。
  • この報告書は、2023年2月7日に確認されたカニクイザルのツベルクリン皮膚検査の陽性反応の調査と対応について記述している。

調査と結果

Mycobacterium orygis の特定

  • 2023年2月7日、輸入業者はCDCにツベルクリン皮膚検査が陽性のカニクイザルを報告した。カニクイザルは人道的に安楽死させられ、死骸は病理組織学的および微生物学的検査のためのサンプル採取を含む死後検査を受けた。
  • 抗酸菌染色を含む組織病理学的所見は抗酸菌感染と一致しており、サンプルは抗酸菌のPCR検査と培養のために米国農務省の国立獣医サービス研究所に提出された。
  • 肺組織および気管気管支リンパ節の結核菌群のPCR検査は陽性であった。しかし、このアッセイは非ヒト霊長類について検証されていないため、この所見は確認的とはみなされなかった。
  • 培養および全ゲノム配列決定によって、南アジアのヒトおよび動物の間で最も頻繁に見られる結核菌群のM. orygisの存在が確認された。

カニクイザルにおける追加の症例

  • CDCの規定に従って、残りのカニクイザルは延長隔離を受け、少なくとも2週間の間隔で少なくとも5回の追加のツベルクリン皮膚検査が陰性であることが求められた。
  • 2月21日、輸入業者はCDCに対し、さらに8頭のカニクイザルが陽性であったと報告した。予備的な死後診断に基づいて、7頭は結核の疑いがあると考えられた(BOX)。その後、組織の培養結果と全ゲノム配列決定に基づいて、7頭すべてがM.orygisに感染していることが確認された。
  • ツベルクリン皮膚検査が陽性のカニクイザルは5月30日まで発生し、アウトブレイク中に合計32頭がツベルクリン皮膚検査の陽性結果を受けた[表]。
  • ツベルクリン皮膚検査が陽性となったすべてのカニクイザルは人道的に安楽死させられ、抗酸染色による組織病理学的検査、結核菌群のPCR、培養、全ゲノム配列決定を含む死後検査のためにサンプルが提出された。
  • 合計26頭のカニクイザル( 出荷個体数の4.8%) が結核菌群培養で陽性となった。その内訳はツベルクリン皮膚検査が陽性の32頭中24頭(75%)、ツベルクリン皮膚検査が陰性の508頭中2頭(0.4%) であった。そして、すべての分離株はM.orygisであることが確認された。
  • 輸入業者はアウトブレイクの初期から、インターフェロンガンマ放出アッセイ(IGRA: interferon-gamma release assay) 検査のためにツベルクリン皮膚検査が陽性のカニクイザルの血液サンプルを民間研究所に提出していた。
  • 4月初旬、残りのすべてのカニクイザルにIGRA検査を実施したところ、1頭が陽性、4頭が不確定な結果を示した。2頭のカニクイザル(1頭は陽性、1頭は不確定) は死後検査によりM. orygisの培養陽性であることが確認された。残りのカニクイザルは2023年8月8日に検疫隔離から解放され、5回のツベルクリン皮膚検査が陰性であった。

BOX:ツベルクリン皮膚検査が陽性、またはインターフェロンガンマ放出アッセイ検査が陽性もしくは不確定結果後に診断検査を受けた非ヒト霊長類の結核症例定義 ̶ 米国、2023年1月~8月

表:東南アジアから輸入されたカニクイザルにおける結核検査結果*(N=540)_米国、2023年1月~8月

公衆衛生への対応

  • 輸入業者が複数のツベルクリン皮膚検査の陽性結果を報告し、ツベルクリン皮膚検査が陽性の最初のカニクイザルで活動性結核のエビデンスを確認した後、CDCは州保健局に通知し、ヒトへの曝露リスク評価を開始した。
  • 輸送および検疫中に管理的および技術的な制御対策と個人防護具が必要とされるため、輸送業者および検疫施設のスタッフの曝露リスクは低いと推定された。しかし、CDCの規定に従って、影響を受けた部屋で働くすべてのスタッフは、培養陽性の非ヒト霊長類が確認された後、より頻繁な間隔で結核スクリーニングを受けることが義務付けられた。 2024年2月の時点( 最後の陽性のカニクイザルが検出されてから8か月後) では、ツベルクリン皮膚検査またはIGRA検査で陽性結果を受けた人は1人もいない。
  • CDCは、航空会社と空港の職員および輸送業者に対し、積荷中の非ヒト霊長類が結核検査で陽性反応を示したことを通知し、フォローアップ調査が推奨されるかどうかを決定するためのリスク評価のために医療提供者に連絡するよう推奨した。
  • 結核は潜伏期間が長く、ツベルクリン皮膚検査は偽陰性の結果が出る可能性があるため、CDCは輸入業者は検疫から解放された後の非ヒト霊長類の受領者に結核曝露の潜在的なリスクについて通知するよう推奨した。現在までのところ、米国ではこのアウトブレイクに関連してヒトへの感染は報告されていない。

考察

  • 非ヒト霊長類施設での結核のアウトブレイクを防ぐことは、労働者と動物の健康を保護し、研究成果への影響を避けるために重要である。
  • 米国の非ヒト霊長類研究施設では通常、施設内および施設からの結核伝播のリスクを軽減するために、従業員向けの定期的な結核スクリーニングプログラムを実施している。
  • 分離株は系統解析により遺伝的に近かったため、このグループは輸入前に共通のヒトまたは動物源から感染したと推定された。この推定は、分離株が主に南アジアで検出されている結核菌種であるM. orygisが特定されたという事実によって裏付けられている。
  • M. orygisは2012年に結核菌種の別の種として特定されたが、その疫学は依然としてよくわかっていない。M. orygis感染はヒトと動物の両方で報告されている。
  • 動物の症例は主に有蹄動物で発生しているが、動物園で飼育されている2頭の野生捕獲された非ヒト霊長類で1 件の報告がある。報告された症例のほとんどは南アジアとの関連が知られている。この地域におけるM. orygisの有病率は不明であるが、一般的な診断検査では他の結核菌種と区別できない可能性があるため、これまで認識されていたよりも高いと考えられる。非ヒト霊長類における結核の臨床症状は、無症候性感染から急性劇症および慢性疾患まで幅広い。
  • 非ヒト霊長類の労働者、特に輸入された非ヒト霊長類と濃厚接触する労働者を守るには、厳格な労働安全衛生プログラムが引き続き重要である。

[註釈]
結核は結核菌群による感染症を指し、ヒト型結核菌(Mycobacterium tuberculosis)が主な原因菌である。結核菌群 には、ヒト型結核菌の他に、ウシ結核菌(M.Bovis)、ネズミ結核菌(M. Microti)、アフリカ型結核菌(M. Africanum) などがあり、M. orygisも結核菌群に属する。

文献

  1. Swisher SD, et al. Outbreak of Mycobacterium orygis in a Shipme nt of Cynomolgus Macaques Imported from Southeast Asia ̶ United States, February‒May 2023
    https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/73/wr/pdfs/mm7307a2-H.pdf

矢野 邦夫

浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問