世界保健機関(WHO:World Health Organization)が麻疹排除に向けた努力をしている。CDCが週報(MMWR)において、現在の状況を報告しているので紹介する1)。
はじめに
- 麻疹はワクチンで予防可能な病気であるが、感染力が高く、伝播を阻止するには高い集団免疫が必要である。WHOの6地域[註釈1]のすべてが麻疹の排除に取り組んでいるが、麻疹の排除を達成し、維持したWHO地域はない。
- 予防接種アジェンダ 2030 (IA2030: Immunization Agenda 2030)[註釈2]には、影響の核となる指標として麻疹排除が含まれている。IA2030は、免疫格差[註釈3]を特定するための厳格な麻疹監視システムを確保することと、麻疹含有ワクチン(MCV:measles-containing vaccine)を小児期に2回接種する接種率が95%に達成することの重要性を強調している。
- 麻疹は感染力が強いので、定期予防接種サービスが子どもたちに行き届いていないことは、主にワクチン接種を受けていない子どもたちに影響するアウトブレイクの発生によってすぐに明らかになる。すなわち、麻疹感染は、小児期に必須のワクチンを供給する医療システムの能力を追跡する役割を果たしている。
方法
- ユニセフは1回目と2回目のMCV(それぞれMCV1とMCV2)の接種率を推定している。
- 各国は麻疹の年間発生件数をWHOとユニセフに報告しており、これらのデータは麻疹の発生率の計算に使用される。
- 世界麻疹・風疹検査ネットワーク(GMRLN: Global Measles and Rubella Laboratory Network)は743の研究所で構成されており、血清検体中の麻疹特異的IgMを検出し、臨床検体から麻疹ウイルスの遺伝子型判定を行う品質管理された臨床検査を提供することによって、麻疹と風疹のサーベイランスを支援している。
結果
予防接種活動
- 2000年から2019年にかけて、世界のMCV1接種率は72%から86%に増加した。しかし、COVID-19パンデミック下の2020年には83%に減少し、2021年にはさらに81%に減少した。2019年から2021年にかけて、すべてのWHO地域で接種率が減少した。
- 2022年には、世界の接種率は83%に増加し、アメリカ地域とヨーロッパ地域を除くすべてのWHO地域で増加した。
- 2019年から2021年にかけて、低所得国におけるMCV1接種率は71%から67%に低下し、2022年には66%に低下した。
- WHO加盟国194か国のうち、2022年には65か国(34%)がMCV1接種率95%以上を達成した。2022年、定期予防接種サービスを通じてMCV1を接種しなかった乳児2,190万人は、2021年と比較して250万人(10%)減少した。しかし、2019年と比較すると、270万人増加している。
- MCV1を接種しなかった乳児の数が最も多かった10か国は、ナイジェリア(300万人)、コンゴ民主共和国(180万人)、エチオピア(170万人)、インド(110万人)、パキスタン(110万人)、アンゴラ(80万人)、フィリピン(80万人)、インドネシア(70万人)、ブラジル(50万人)、マダガスカル(50万人)であった。これら10か国は、MCV1を接種しなかった全世界の子どもたちの55%を占めた。上位9か国は、2021年にMCV1を接種していない子どもの数も最も多かった(2022年にはマダガスカルがタンザニアに代わって10番目の国となった)。
- MCV2接種率は 2000年の17%から2022年の74%に増加した。それは主にワクチン導入の結果である。しかし、2022年は1,100万人の子どもたちがMCV2を接種されなかった。
- MCV2を提供している国の数は、2000年の95か国(49%)から2022年には188か国 (97%)まで98%増加した。2022年に6か国(チャド、コンゴ民主共和国、ギニア、ギニアビサウ、ソマリア、ウガンダ)がMCV2を導入したが、6か国(ベニン、中央アフリカ共和国、ガボン、モーリタニア、南スーダン、バヌアツ)はまだMCV2を導入していない。
- 2022年、44か国において、約1億1,500万人が補足的ワクチン接種活動(SIA:supplementary immunization activities)によってMCVを接種し、さらに1,600万人が麻疹アウトブレイク対応活動中にMCVを接種した。
サーベイランスの実施と報告された麻疹発生率
- 2022年に麻疹除外症例[註釈4]を報告した144か国(74%)のうち、72か国(50%)が、人口10万人当たり麻疹除外症例が2人以上という麻疹監視感度の指標目標を達成した。これは2021年は135か国中47か国(35%)、2020年には143か国中45か国(31%)、2019年には144か国中46か国(32%)であった。
- 2022年、GMRLN研究所は麻疹検査のために27万3,080件の検体を受け取ったが、2021年は13万9,319件、2020年は12万1,257件、2019年には28万2,020件であった。
- 2000年から2016年にかけて、報告された麻疹症例数は85万3,479人から13万2,490人へと85%減少した。これは、麻疹発生率が人口100万人あたり145人から18人に88%減少したことに相当する。
- 2019年、報告された麻疹症例数(83万7,922人)と麻疹発生率(100万人あたり120人)は、2016年と比べて5倍以上に増加した。その後、症例数は2021年には12万3,171人(発生率は100万人あたり17人)まで減少したが、2022年には67%増加し、20万5,153人となった。2021年から2022年にかけて、発生率は人口100万人あたり17人から29人に71%増加した。
- 2022年、4つのWHO地域の37か国が大規模または破壊的な麻疹のアウトブレイクの影響を受け、前年の2つのWHO 地域の22か国と比較して6 8%増加した。これらの2022年のアウトブレイクのうち、37件中28件(76%)がアフリカ地域、6 件(16%)が東地中海地域、2件(5%)が南東アジア地域、1件(3%)がヨーロッパ地域で発生した。
- 麻疹監視感度の指標目標を達成した72か国中31か国(43%)で、2022年中に大規模または破壊的な麻疹のアウトブレイクが発生した。
- 麻疹症例から検出された遺伝子型は、2022年には少なくとも1件の麻疹症例を報告した105か国中35か国(33%)で報告されたが、2021年にはそのような国は82か国中22か国(27%)であった。
- 世界的な排除活動の結果、検出された遺伝子型の数は時間の経過とともに減少しており、2 0 02 年の13 種類から2 021年と2 022 年の2 種類に減少した。2021年には合計80 0 件の配列が報告され、そのうち608件(76%)が遺伝子型B 3、192件(24%)が遺伝子型D 8であった。2 02 2年に報告された1,470件の配列のうち、772件(53%)が遺伝子型D8、698件(47%)が遺伝子型B3であった。
麻疹の症例と死亡率の推定
- 麻疹症例数は2000年の推計3,646万3,000人から2022年の923万2,300人へと75%減少した。麻疹による年間死亡者数は、2000年の77万2,900人から2022年の13万6,200人へと82%減少した。
- 2021年の症例数780万2,000人、死亡者数9万5,000人に比べ、2022年の症例数は18%増加、死亡者数は43%増加した。2000年から2022年にかけて、麻疹ワクチン接種により、ワクチン接種がなかった場合と比較して、世界中で推定5,700万人の死亡が予防された[図]。
麻疹排除の地域検証
- 2022年末までに、83か国(すべての国の43%)が麻疹の排除を達成または維持していることが確認されたが、WHO地域ではまだ麻疹排除を達成および維持できておらず、アフリカ地域ではどの国もまだ麻疹排除を達成していない。
- 2016年にWHOのアメリカ地域は麻疹排除を達成したが、ブラジルとベネズエラではエンデミックな麻疹伝播が再確立された。
- 2016年以来、過去に麻疹排除を達成していた他の7か国(ヨーロッパ地域のアルバニア、チェコ、リトアニア、スロバキア、ウズベキスタン、西太平洋地域のカンボジアとモンゴル)でもエンデミックな麻疹伝播が再確認されている。
- 英国では、2016年に麻疹排除が最初に確認された後、2018年に感染が再確立され、2021年に麻疹排除が達成された。
考察
- COVID-19のパンデミックによるMCV接種率の世界的な低下は2022年にはある程度の回復を示している。しかし、この傾向は地域間で一貫しておらず、麻疹排除に必要なMCVの2回接種の接種率95%以上を達成したWHO地域はなかった。
- ワクチン接種率が最も低下したのは、麻疹による死亡リスクが最も高いと考えられる低所得国である。
- 補足的ワクチン接種活動(SIA)は、免疫格差を減らし、定期予防接種活動中にMCVが接種できなかった子どもたちにワクチン接種を行うための重要な手段を提供している。
- 麻疹の発生率は、2020年から2021年にかけて減少した。これはおそらく、COVID-19の緩和策、監視の混乱、そして2017年から2019年にかけて世界的に麻疹が再流行した際の高い感染率によって獲得された免疫によるウイルス感染の減少が原因と考えられる。
- 2021年から2022年にかけて、麻疹症例の報告数は世界で67%増加した。そして、大規模または破壊的なアウトブレイクを経験した国の数は68%増加した。これはCOVID-19緩和策が解除され、監視が強化され、MCV接種率が低下したことにより、数百万人の子供たちが麻疹から守られなくなったためである。
[註釈1]
WHOの6 地域にはアフリカ(AFRO)、アメリカ(AMRO)、南東アジア(SEARO)、ヨーロッパ(EURO)、東地中海(EMRO)、西太平洋(WPRO)がある。
[註釈2]
2020年、世界保健総会によって予防接種アジェンダ2030(IA2030:Immunization Agenda 2030)が承認された。その目的は生涯を通じてワクチンで予防可能な病気(VPD:Vaccine Preventable Disease)による罹患率と死亡率を減少させることである。
[註釈3]
免疫格差は高所得国と低所得国の間での集団免疫の格差を言う。ワクチンの公平な分配を促進することで、免疫格差を解消できる。
[註釈4]
麻疹除外症例は、「熟練した検査室での臨床検査」または「検査室で確認された伝染病のアウトブレイクとの疫学的関連性」のいずれかを使用して調査され、麻疹でも風疹でもないと判断された疑い例として定義される。麻疹除外症例の割合は、麻疹監視感度を測定するために使用される。
文献
-
- Minta AA, et al. Progress Toward Measles Elimination ̶ Worldwide, 2000‒2022
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/pdfs/mm7246a3-H.pdf
- Minta AA, et al. Progress Toward Measles Elimination ̶ Worldwide, 2000‒2022
矢野 邦夫
浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問