ケンエーIC News

129号 HIV感染者におけるサル痘の予防と治療のための暫定ガイダンス
PDFファイルで見る

 サル痘の世界的な流行に伴って、HIV感染者でのサル痘も報告されている。HIVがコントロールされておらず、CD4が低値のサル痘患者では重症化する可能性があり、曝露前予防や曝露後予防を考慮する必要がある。CDCが暫定ガイダンスを公開しているので紹介する1)


  • 2022年5月以降、世界保健機関(WHO:World Health Organization)は、欧州と北米を中心としたサル痘の多国籍アウトブレイクを報告しており、世界中で約25,000例が報告されている。そして、現在のアウトブレイクは、同性愛者、バイセクシュアル、その他のMSM(men who have sex with men)で多くみられている。
  • 欧州連合、英国、米国からのデータではHIV状態が判明しているサル痘のMSM患者のうち、28%~51%が HIV に感染していることが示されている。

背景

[症状]

  • 古典的には、サル痘は約1~2週間の潜伏期間の後に、発熱とリンパ節腫脹を特徴とする前駆症状が発生し、続いて水疱性発疹または膿疱性発疹がみられる。発疹は中枢部から始まり、手足に広がることが多い。
  • サル痘は「感染性の発疹、痂疲、体液との直接接触」「長時間の対面接触または濃厚な身体的接触での呼吸器分泌物」「患者の感染性発疹または体液に触れた衣服やリネンなどのアイテムへの接触」によって伝播する。痂疲が剥がれ落ち、新しい皮膚層がその下に形成されるまで、患者には感染性がある。
  • 現在のアウトブレイクの報告によると、伝播パターンと臨床症状がサル痘の古典的な症状と異なる可能性がある。前駆症状または全身症状が常にみられるわけではなく、発疹に先行するわけでもない。粘膜病変は症例の約40%で発生し、それには生殖器、肛門周囲、口腔咽頭の病変が含まれる。生殖器および肛門周囲の病変は、重度で痛みを伴う直腸炎、尿道炎、包茎、亀頭炎を引き起こすことがある。中咽頭症状(扁桃炎や喉頭蓋炎による症状を含む)は、痛みや嚥下困難を引き起こすことがある。

[治療]

  • テコビリマト(Tecovirimat)は、経口および経静脈製剤での抗ウイルス薬である。英国の症例報告では、テコビリマトがサル痘の期間とウイルス排出の期間を短縮する可能性が示唆される。ヒトの臨床試験では、この薬は安全で忍容性があり、わずかな副作用しかないことが示されている。
  • 重症例で考慮できる他の治療法には、ワクシニア免疫グロブリン静脈内投与(VIGIV:vaccinia immune globulin intravenous)、シドフォビル、ブリンシドフォビルなどがある。

[曝露前および曝露後の予防]

  • サル痘の曝露前予防の唯一の方法はワクチン接種である。職業曝露のリスクがある人(例えば、サル痘ウイルスの診断検査を実施している検査室の職員、公衆衛生および反テロ当局によって指定された医療ケアワーカー対応チーム)に推奨されている。現時点では、すべての医療従事者に対しての予防接種は推奨されていない。
  • サル痘に曝露した後は、曝露後予防を考慮できる。曝露後予防のための天然痘ワクチンについて、早期接種(曝露後4日以内)はサル痘を予防し、その後の接種(曝露後5~14日)は感染した場合のサル痘の重症度を低下させる可能性がある。しかし、サル痘の症状が現れた後に接種しても、利益は期待できない。
  • 現在、米国食品医薬品局(FDA:Food and Drug Administration)によって2種類のワクチン(JYNNEOSとACAM2000)が認可されている。
  • JYNNEOS は18 歳以上の成人における天然痘およびサル痘の予防用に認可された非複製改変ワクシニア・アンカラ(MVA:modified vaccinia Ankara)を使用する生ウイルスワクチンである。JYNNEOSには複製欠損MVAが含まれているので、播種性感染、自己接種、他人への感染のリスクはない。JYNNEOSワクチンは、28日間隔で2回接種される。
  • ACAM2000は、天然痘の予防用に認可された複製可能な生ワクシニアウイルスワクチンであり、単回接種である。

HIV感染者のサル痘

[臨床症状と転帰]

  • HIV感染が進行しコントロールされていない人は、重度または長期のサル痘となるリスクが高い。
  • 2017年から2018年のケースシリーズでは、現在のアウトブレイクの原因と同じ株によって引き起こされた122人のナイジェリア人の患者が報告されており、7人の死亡者のうち4人が未治療の進行したHIV感染者であった。
  • 同じくナイジェリアからの2017年から2018年の第2のケースシリーズでは、40例のサル痘が報告されており、それにはHIV感染者9人が含まれていた。CD4細胞数は20~357/μLであり、ほとんどの患者は抗レトロウイルス治療(ART:antiretroviral therapy)に失敗したか、新たにHIV感染と診断されており、ウイルス抑制の欠如が示唆された。それらのHIV感染者の9人中2人が死亡した。
  • 他のサル痘患者と比較して、HIV感染者は、二次細菌感染の割合が高く、病気が長期化(従って、感染性期間も長くなる)する。そして、発疹は分散するのではなく、全体的に覆うような、もしくは部分的に覆うような数多くの発疹が発生する可能性が高い。
  • 欧州諸国(殆どのHIV感染者が効果的なARTを受けている)からの最近の報告では、現在までにHIV感染したサル痘患者の死亡や入院の明らかな過剰増加は報告されていない。WHOは、ARTを受けており、免疫システムがしっかりしているHIV感染者では深刻な疾患経過は報告されていないと述べており、最近の大規模なコホート研究によってこの結果が裏付けられている。

[HIV感染症およびサル痘患者の管理]

  • サル痘の診断は急性HIV感染症や他の性感染症(STI:sexually transmitted infection)の診断と同時に報告されており、サル痘が疑われるか診断された場合にはこれらの感染症の検査も実施することが重要である。
  • テコビリマトは、HIV感染者を含むサル痘の治療に推奨される第一選択薬である。特定された薬物相互作用のいずれも、テコビリマトとARTの併用を排除していない。シドフォビルは腎毒性のため、血清クレアチニンが1.5mg/dLを超える患者には禁忌である。HIV感染者に対するVIGIVの使用に対する特定の禁忌はない。

[予防接種に関する考慮事項]

  • JYNNEOSは、200~750/μLのCD4細胞数を持つHIV感染者とHIV感染していない人において、同様の免疫原性と有害事象の発生率であり、十分に許容される。過去にAIDSの診断を受けたことのあるHIV感染者であっても、ウイルス学的に抑制され、100~500/μLのCD4数であれば、重大な安全上の懸念はなく、ワクチンは有効であると思われる。
  • ACAM2000には、複製可能なワクシニアウイルスの弱毒株が含まれているので、ACAM2000の重篤な局所的または全身的な合併症(進行性ワクシニアなど)が、HIV感染などによる免疫系の弱体化した人に発生する可能性がある。

暫定ガイダンス

  • HIV感染者のサル痘の予防にワクチン接種をする場合、ACAM2000よりもJYNNEOSが優先される。ACAM2000は、ワクシニアウイルスの拡散による深刻な悪影響のリスクがあるため、HIV感染者には禁忌である。
  • テコビリマトやVIGIVなどの他の治療法は、個々のケースに応じてサル痘の曝露後予防として考慮することができる。
  • サル痘の一次予防には、感染者を他の人やそのペットから隔離すること、感染者との濃厚接触や性行為(オーラル、アナル、膣での性交、大人のおもちゃの共有を含む)を避けること、曝露後のワクチン接種が含まれる。

文献

  1. O’Shea J, et al. Interim Guidance for Prevention and Treatment of Monkeypox in Persons with HIV Infection ̶ United States, August 2022
    https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/71/wr/pdfs/mm7132e4-H.pdf

矢野 邦夫

浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問