生態と伝播
ペストを引き起こす病原体であるペスト菌(Yersinia pestis)は齧歯動物[図1]と彼らに寄生しているノミを巻き込んだサイクルのなかで生存している。多種類の動物(リス、プレーリードッグ、ネズミ、ウサギなど)がペスト菌に感染しうる。野生の肉食獣も感染動物を食べることによって感染することがある。
通常、ペスト菌は特定の齧歯動物の集団のなかで過度の集団死を引き起こすことなく、低レベルで循環している。このような感染動物およびそのノミが病原体の長期保菌者となっている。これを「enzootic cycle」と呼ぶ。ときどき、他の種類の動物が感染し、動物でのアウトブレイクが引きおこされることがあるが、これを「epizootic」と呼ぶ。通常、ヒトはepizooticの期間もしくは直後に感染する危険性が高い。Epizooticは多種類の齧歯類が高密度かつ多様な生息地で生活している地域で発生しやすい。
ペストの流行に関連する増幅宿主の1つであるクマ
ネズミ(Rattus rattus)。ネズミがペスト菌に感染し、感染したネズミの血液を吸ったノミが感染する。そこで、ノミがヒトを咬めば、病原体を伝播し、ヒトがペスト菌に感染する。
CDC. Public Health Image Library(PHIL) #14282
https://phil.cdc.gov/Details.aspx?pid=14282
伝播
ペスト菌は下記の経路にてヒトに伝播する。
A. ノミに咬まれる[図2]
感染したノミに咬まれることによって伝播することが最も多い。ペストのepizooticの期間に、多くの齧歯類は死に、空腹となったノミが他の血液供給源を探すようになる。ペストで最近死んだ齧歯類のいる場所に訪れたヒトや動物がノミに咬まれると、感染する危険性がある。イヌやネコがペスト菌に感染したノミを家に持ち込むこともある。ノミに咬まれることによって、腺ペストや敗血症性ペスト菌となる。
ケオプスネズミノミ(Xenopsylla cheopis)のメス。腺ペストの有名なベクターである。
CDC. Public Health Image Library(PHIL) #22258
https://phil.cdc.gov/Details.aspx?pid=22258
B. 汚染した体液や組織に接触する
ペスト菌に感染した動物の組織や体液を取り扱うときに、ヒトが感染することがある。例えば、ハンターが適切な予防策を用いずに、感染したウサギなどの動物の皮膚を剥ぐことによって、感染することがある。この曝露様式では腺ペストもしくは敗血症型ペストとなる。
C. 感染性飛沫を吸い込む
肺ペストの患者は咳をすることによって、ペスト菌を含んだ飛沫を空気中に飛散させる。このような飛沫を他のヒトが呼吸時に吸い込むと肺ペストが引き起こされる。飛沫による伝播はヒト-ヒト間のペストの拡散の唯一の経路である。ネコはペストに感受性があり、感染した齧歯類を食べることによって感染する。感染したネコも感染性飛沫によって、所有者や獣医に病原体を伝播させる危険性がある。
症状
ペストの症状は患者が病原体にどのように曝露したかによって左右される。ペストは様々な臨床像を示すが、最も多いのが、腺ペスト、肺ペスト、敗血症型ペストである。
A. 腺ペスト
突然の発熱、頭痛、悪寒、虚弱がみられ、1カ所もしくは複数のリンパ節が腫脹して圧痛がある(横痃(bubo)と呼ばれる)。通常、腺ペストは感染したノミに咬まれることによって引き起こされる。病原体はヒトの体内に侵入したところに近いリンパ節で増殖する。適切な抗菌薬にて治療されなければ、病原体は他の体部分に拡散してゆく。
B. 敗血症型ペスト
発熱、悪寒、極度の虚弱、腹痛、ショックがみられ、皮膚や臓器の出血がみられることもある。皮膚や他の組織(特に、手指、足指、鼻)は黒くなり、壊死する[図3,4]。敗血症型ペストはペストの最初の症状として発生することもあるし、未治療の腺ペストから進展することもある。敗血症型ペストは感染したノミに咬まれることによって引き起こされることもあるし、感染した動物を取り扱うことによっても引き起こされることもある。
ペスト菌に感染し、病院のベッドで横になっている男性患者。両手の先端の壊死と鼻の先端および下唇を含む顔面の壊死性変化がある。黒色の壊死組織によって、この細菌感染症は黒死病と名付けられた。
CDC. Public Health Image Library(PHIL) #14280
https://phil.cdc.gov/Details.aspx?pid=14280
近所の感染ネコおよび死んだネズミに触れた後にペスト菌(Yersinia pestis)に感染した59歳男性の手指。壊死状態の手指は黒くなり、ミイラ化している。
CDC. Public Health Image Library(PHIL) #16552
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C. 肺ペスト
発熱、頭痛、虚弱、急速に増悪する肺炎がみられ、呼吸速迫、胸痛、咳、ときどき血性や水様性の粘液がみられることがある。肺ペストは感染性飛沫を吸い込むことによって発生するが、未治療の腺ペストや敗血症性ペストから肺へ病原体が拡散することによって発生することもある。
呼吸不全やショックが引き起こされることがある。肺ペストは最も重症型のペストであり、ヒトからヒトに病原体を伝播させる唯一のペストである(感染性飛沫にて)。
診断
ペストに一致した臨床症状があり、流行地域[図5]への最近の旅行歴のある患者ではペストを疑うべきである。腺ペストは最も多い初期症状であり、通常は鼠径、腋窩、頸部のリンパ節に横痃を呈する。横痃が余りにも痛く、患者は感染部位を守るようにしたり、動きを制限することがある。通常、腺ペストの潜伏期間は2~6日である。
腺ペストが未治療のままであると、病原体は血流に侵入し、急速に拡散する。そして、敗血症性ペストを引き起こす。肺に散布されれば、二次性の肺ペストとなる。敗血症性および肺ペストが初期症状のこともある。肺ペストの患者は高熱、悪寒、咳、呼吸苦、血性喀痰を排出することがある。肺ペストが特定の抗菌薬にて治療されないと、急速に悪化して、死亡する。
ペストの患者の大多数に横痃があるものの、特別な症状のない患者もいる。例えば、敗血症型ペストは吐き気、嘔吐、下痢、腹痛のような消化管症状を主に呈することがある。ペストの稀な型として咽頭、髄膜、皮膚のペストがある。
■歴史的なデータおよび現在の情報に基づく自然界でペストの感染源が分布する地域
https://www.who.int/csr/disease/plague/Plague-map-2016.pdf
診断検査
ペストが疑われたら、治療前の検体を確保すべきであるものの、治療が遅れてはならない。検
体は病原体を分離するために適切な部位から得るが、それは臨床症状に左右される。
- リンパ節吸引:感染した横痃には数多くの病原体が含まれており、顕微鏡および培養にて評価できる。
- 血液培養:患者が敗血症のときには、病原体を血液スメアで確認することができる。早期の腺ペストの患者から得られた血液スメアは顕微鏡検査では陰性になることが多いが、培養では陽性になることがある。
- 喀痰:極めて重症の肺ペスト患者の喀痰培養は可能である。通常、その時点では血液培養も陽性となる。
- 気管支/気管洗浄を肺ペストが疑われている患者に実施してもよい。咽頭検体はペスト菌の分離には理想的ではない。他の数多くの細菌を含んでおり、ペスト菌の存在をマスクするからである。
- 生きた病原体を培養できない状況(検死解剖など)では、リンパ節、脾臓、肺、肝臓組織、骨髄サンプルを得て、直接蛍光抗体法やPCRのような直接検出方法によってペスト菌感染のエビデンスを得てもよい。
- 培養が陰性であるが、ペストが疑われる場合には、診断確定するために血清学的検査が可能である。疾患の早期に最初の血清検体を獲得し、発症後4~6週間で回復期検体を獲得する。
抗菌薬治療
ペストが疑われたら、迅速に適切な静脈注射治療を開始する。第一選択薬はゲンタマイシンとフルオロキノロン系である。治療期間は10~14日、もしくは解熱してから2日経過するまでである。患者が改善したら、経口治療に切り替えても良い。