鼻腔の除菌
[推奨]黄色ブドウ球菌が手術部位感染を引き起こしそうな手術の前には鼻腔のムピロシン塗布とクロルヘキシジンによる体洗浄をおこなう。これは個別に判断され、下記について考慮すべきである。
- 手術の種類
- 患者のリスク因子
- 未熟児における副作用のリスクの増大
- 感染の潜在的影響
[推奨]ムピロシンの使用に関連する抗菌薬耐性菌のサーベイランスを継続する。
[推奨の根拠]
黄色ブドウ球菌の保菌者であることが判明している人々において、ムピロシン単独使用は病院内で引き起こされる黄色ブドウ球菌感染症を減らすことに有効である。しかし、ムピロシン単独使用は手術を受ける全ての人々における手術部位感染を減らすことはなかった。黄色ブドウ球菌の保菌者であることが判明している人々が手術前に鼻腔ムピロシンとクロルヘキシジン体洗浄を併用すると、そのような介入をしなかった人よりも黄色ブドウ球菌によって引き起こされる手術部位感染(深部感染、MSSA感染、院内発症の感染症など)が少なくなるというエビデンスがある。しかし、それらのエビデンスは極めて限定的であり、黄色ブドウ球菌の保菌者のみをカバーしている。
このように、エビデンスが限定的ゆえに、ガイドライン委員会は手術前の鼻腔除菌について強い推奨を提示することができなかった。そして、「手術を受けるすべての患者に勧める」という推奨はできないことに同意した。現在のベストプラクティスの臨床的理解と経験を適用し、最も利益のありそうな「黄色ブドウ球菌によって引き起こされる手術部位感染のリスクの高い患者」において手術前にクロルヘキシジン体洗浄と鼻腔ムピロシン塗布をガイドライン委員会は推奨することとした。
手術前の皮膚消毒薬
[推奨]消毒薬を用いて、手術部位の皮膚を切開の直前に消毒する
[推奨]赤ちゃんにおける皮膚消毒薬の使用のリスクを認識する。特に、未熟児におけるクロルヘキシジン製剤(アルコール溶液および水溶液)の使用による重症の化学損傷のリスクを認識すべきである。
[推奨]どの皮膚消毒薬を使用するかを判断するときには、表1の選択肢を参考にする。
[推奨]ジアテルミー療法[註釈]を実施するならば、皮膚消毒薬を蒸発させておく。また、アルコールが貯留しないようにする
表1 皮膚消毒薬の選択肢
いつ | 皮膚消毒薬の選択肢 |
---|---|
禁忌でなければ、もしくは、手術部位が粘膜に隣接していなければ第一選択となる | クロルヘキシジン含有アルコール溶液 |
手術部位が粘膜に隣接している場合 | クロルヘキシジン水溶液 |
クロルヘキシジンが禁忌の場合 | ポビドンヨード含有アルコール溶液 |
アルコール溶液およびクロルヘキシジンの両者が不適切な場合 | ポビドンヨード水溶液 |
[推奨の根拠]
クロルヘキシジン含有アルコール溶液は手術部位感染の発生を最も低くし、ポビドンヨード水溶液は最も高かったというエビデンスがある。経済的な解析でもクロルヘキシジン含有アルコール溶液は費用効果がありそうである。このようなエビデンスに基づいて、消毒薬を使用するときはクロルヘキシジン含有アルコール溶液を第一選択とすることにガイドライン委員会は同意した。しかし、研究の質が不十分であったので、消毒薬の選択について強い推奨を提示することができなかった。
アルコール溶液は粘膜には使用すべきではないことについてもガイドライン委員会にて議論された。粘膜に隣接した手術では、皮膚消毒薬の選択肢として、クロルヘキシジン水溶液を推奨することにガイドライン委員会は同意した。但し、エビデンスは限定的であったので、強い推奨は提示できなかった。ポビドンヨードの使用を支持するエビデンスは殆どないが、クロルヘキシジンが禁忌の人(クロルヘキシジンに過敏症の人など)での選択肢とすることを同意した。
ガイドライン委員会はジアテルミー療法[訳者註]を必要とする手術についても議論した。アルコール消毒薬を使用するときには、それらには可燃性があり、熱傷を引き起こしうることを認識すべきである。アルコール消毒薬を乾燥させて貯留しないようにすると同時に、アルコールでずぶ濡れになった器材、ドレープ、ガウンはジアテルミー療法の前に取り除く。過剰なアルコール消毒薬を使用すべきではなく、密封療法を適用する前には過剰なアルコールが残らないようにする。
閉創前の消毒薬および抗菌薬の使用
[推奨]閉創前の創部に消毒薬もしくは抗菌薬を適用するのは臨床研究試験の一部のみに限定する。
[推奨]心臓手術ではゲンタマイシン/コラーゲンのインプラントを使用することを考慮する。
[推奨の根拠]
閉創前に消毒薬を局所的に創部に使用することについて、限定的なエビデンスがみつかっている。このエビデンスは手術部位感染を減らすためにポビドンヨードの局所投与が有効であることを示唆しているが、それらの研究は時代遅れのものである。
閉創前の局所的な消毒薬の使用についてのエビデンスには様々なものがあるが、それには古い研究がいくつも含まれている。アンピシリンパウダーおよびセファロリジンのような抗菌薬が手術部位感染を減らすことを示した研究がいくつかある。しかし、バンコマイシン(これは世界中で広く使用されており、心臓、整形外科、脊椎の手術で日常的に使用されている)のような他の抗菌薬についてのエビデンスは手術部位感染を減らさないことを示唆している。
様々な手術において、皮膚を閉じる前にゲンタマイシンのインプラントを使用することについてのエビデンスがみつけられた。特に、ゲンタマイシン/コラーゲンのインプラントは心臓手術後の1ヶ月および2ヶ月で手術部位感染の頻度を減らしたというエビデンスがある。エビデンスは限定的であるものの、心臓手術は手術部位感染のハイリスクであり、手術部位感染を管理するには高額の費用を要する。それ故、ガイドライン委員会はゲンタマイシン/コラーゲンのインプラントを感染のリスクを減らすための選択肢として同意した。
閉創の方法
[推奨]表層創部離解のリスクを減らすために、帝王切開のあとに皮膚を閉じるときは、ステープルよりも縫合糸を用いることを考慮する。
[推奨]特に、小児手術では手術部位感染のリスクを減らすために、縫合するときはトリクロサンコーティング縫合糸を使用することを考慮する。
[推奨の根拠]
様々なタイプの手術の閉創において、ステープルは縫合糸と比較して、創部離解の頻度を増大することを示したエビデンスがある。手術の種類に従って解析してみると、多くの研究が帝王切開のあとの閉創において、両者の相違を示していた。すべての手術においてステープルよりも縫合糸を推奨するにはエビデンスが不十分であるため、帝王切開での推奨とした。
ガイドライン委員会はトリクロサンコーティング縫合糸についてのエビデンスを議論し、手術部位感染を減らすためには、標準的な縫合糸よりもトリクロサンコーティング縫合糸のほうが好まれるというエビデンスについて同意した。しかし、それらの研究は多くの異なるタイプの手術からのものであり、かつ、その質も様々であったため、その有益性に確信を持てなかった。更なる研究によって、小児手術のみでトリクロサンコーティング縫合糸の明らかな有効性が示された。それ故、ガイドライン委員会は全てのタイプの閉創における選択肢として、トリクロサンコーティング縫合糸を考慮すべきであることとし、特に小児手術で強調することとした。
文献
- NICE guideline : Surgical site infections : prevention and treatment
https://www.nice.org.uk/guidance/ng125/resources/surgical-site-infections-prevention-and-treatment-pdf-66141660564421
[訳者註]ジアテルミー療法:高周波電流を全身または体の一部に通して体内で発生する抵抗熱を治療に応用する深達性温熱療法。高周波電気治療ともいう。
矢野 邦夫
浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 衛生管理室長