ある症例の経過
37歳の女性はコミュニティー銀行のインターネット技術者であった。彼女はスポーツや仕事に活動的であった。2011年にインフルエンザ様疾患を経験したとき、最初はベッドに横になったが、ゆっくりと回復した。数日後、軽度の活動にも拘わらず、異常な疲労があり、さらに不眠症、関節の疼痛、全身の筋肉痛と虚脱がみられた。そして、最近の会話や出来事を思い出すことが困難になった。読書への集中力も減退し、読書したことやテレビで見たことさえも理解することが困難となった。会話するときには言葉を探し、思考回路を失った。昔は、睡眠は良好であったが、現在は夜も眠れず、ベッドに何時間も横になっても、元気を回復できなかった。起床後1~2時間は体が硬く、痛く、ぼんやりとした感じであった。急に起きると、めまいおよび意識朦朧となり、目から火が出た感じを数回経験した。その後、家事ができなくなり、掃除、洗濯、買い物は友人や家族に頼らざるを得なくなった。家事や仕事をしようとしても、動作によって必ず症状が悪化した。過剰に活動すると、1~2日後には悪化し、椅子に座りこんでしまう。主治医の見立てでは、低血圧があるものの、起立性低血圧はなく、その他の検査でも特に所見はみられなかった。血液検査にも異常はなかった。身体的活動に深刻な低下があるにもかかわらず、検査結果は彼女の症状を説明することができなかった。
患者の性別や年齢層など
米国では少なくとも100万人の人々が慢性疲労症候群に罹患していると推定され、女性は男性よりも3~4倍多い。すべての人種および民族の人々が罹患しているが、マイノリティーおよび社会経済的に恵まれない人々に多い。最も頻度が高いのは40~50歳の人々であるが、年齢範囲は広く、小児や青年も含まれている。
病歴
典型的な症例というのはないが、患者の病歴は有用である。様々な病歴が慢性疲労症候群の重要な症状を明らかにしている。
- 通常の活動を実施する能力が相当減少し、それには重篤な疲労が伴っている。
- 少しの肉体的もしくは精神的な労作のあとでも症状がかなり増悪する(労作後疲労)。
- 睡眠をとっても疲れが取れない。
- 認知機能が低下している。
- 起立性調節障害(起立時のめまいや頭部ふらふら感など)がみられる。
- 広範囲の筋肉痛、関節痛、症状の予測できない激増と減少を経験することがある。
米国医学研究所の診断基準
下記の3症状のいづれかを1日の少なくとも半分の時間を経験し、その症状は中等度から重度である。
- 職業的、教育的、社会的、個人的な活動のレベルが発病前と比較して、相当低下しているか障害されており、それが6ヶ月を越えて持続している。疲労を伴っており、それはしばしば深刻である。疲労は過剰な労作の結果ではなく、新規もしくは明確に発症する。休息してもあまり軽快しない。
- 労作の不調*
- 元気が回復できないような睡眠*
これらに加えて、下記の2つの症状(慢性、重篤)の少なくとも一つがみられる。
- 認識障害*
- 起立性調節障害
*症状の頻度と重症度について評価すべきである。一日の少なくとも半分はこれらの症状がみられるか、症状は中等度か、相当なレベルか、重篤であるかを質問する。
原因
慢性疲労症候群の原因は不明である。インフルエンザ様疾患のあとに急に発症して、その後、改善しない患者や発症前に感染症を頻回に経験した患者がいる。このようなことは感染症が発症の契機となっている可能性を示唆している。そのため、これまで病原体が検索されてきたが、原因病原体を見つけることはできなかった。医学的文献によると、様々な病原体による感染症のあとに慢性疲労症候群が発生している。実際、慢性疲労症候群に類似の疾患がEBウイルス、ロス・リバーウイルス、コクシエラ・ブルネッティ(Q熱)、ジアルジアのような様々な病原体に感染した患者の約10%で発生している。
別の研究によると、健康なコントロールに比較して、慢性疲労症候群の患者は重大なストレス(外傷、その他の生命を脅かす出来事)に曝露しており、メタボリック症候群を合併していることが多く、ストレスに対しての神経内分泌的な反応が生理的に高い。双子および家族での研究によると、遺伝的および環境的な要因の両方が慢性疲労症候群に関連していることが示唆されている。単一の遺伝子変異やポリモルフィズムは見つかっておらず、感受性の増加には多元的なものがありそうである。
治療
現時点では有効な治療法はない。通常、睡眠障害および疼痛が最初に対処され、睡眠と疼痛の管理の専門家への相談が有効かもしれない。非薬理学的アプローチにはエプソム塩に浸かること、マッサージ、鍼灸がある。最も重要なことは活動の管理である。患者は活動的であるべきであるが、余りにも活動的にならないようにする。極めて低い活動から開始して、ゆっくりと活動性を高めることが大切である。短期の活動の後は、再燃、症状の激発、労作後不調の契機になることを避けるために、十分な休憩をとる。慢性疾患とともに生きることは、極めて困難なことであり、抑うつ、不安、対処能力の向上に集中すべきである。
文献
- CDC Grand Rounds: Chronic fatigue syndrome — Advancing research and clinical education
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/65/wr/pdfs/mm655051a4.pdf
矢野 邦夫
浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長