2016年11月3日、WHO(世界保健機関:World Health Organization)は「手術部位感染の予防のためのグローバル・ガイドライン」1)を公開した。このガイドラインでは29件の勧告が提示されている。勧告の強さは「強い」(介入の有益性が危険性を上回っていることに自信がある)
もしくは「条件付き」(介入の有益性がおそらく危険性を上回っていると考えられる)として評価され、勧告のエビデンスの質には「大変低い」「低い」「中等度」「高い」の段階が示された。
ここではアルコールに関する勧告2件を紹介するとともに、その背景や注意点などを簡単に解説する。
もしくは「条件付き」(介入の有益性がおそらく危険性を上回っていると考えられる)として評価され、勧告のエビデンスの質には「大変低い」「低い」「中等度」「高い」の段階が示された。
ここではアルコールに関する勧告2件を紹介するとともに、その背景や注意点などを簡単に解説する。
手術予定の患者での手術部位の皮膚消毒にはクロルヘキシジンのアルコール溶液を推奨する。
[強い勧告] (エビデンスの質:低い~中等度)
- 「手術部位消毒」とは手術室内で患者の正常皮膚を術前に消毒することである。消毒は手術切開部分のみならず、広範囲の皮膚も含まれる。この消毒の目的は、皮膚バリアを切開する前に患者の皮膚の微生物の量を可能な限り減らすことである。最も広く使用されている消毒液にはグルコン酸クロルヘキシジン(CHG:chlorhexidine gluconate)およびポビドンヨード(PVP-I:povidone-iodine)のアルコール溶液であり、これらは細菌、真菌、ウイルスに対して広範囲に効果的である。しかし、水溶液(特にヨードホール)もまた、開発途上国で広く使用されている。
- 中等度の質のエビデンスは、手術部位感染(SSI:surgical site infection)を減少させるためには、消毒薬のアルコール溶液の方が水溶液に比較して全体的に有効であることを示している。低い質のエビデンスはPVP-Iのアルコール溶液に比較して、CHGのアルコール溶液の方が、SSIを相当減少するであろうことを示している。中等度の質のエビデンスはSSIを減らすために、PVP-Iの水溶液と比較して、CHGのアルコール溶液の方がかなりの有益性があることを示している。大変低い質のエビデンスはPVP-Iのアルコール溶液とPVP-Iの水溶液の間では有意な相違はないことを示唆している。
- 結局、正常皮膚の手術部位消毒には消毒薬(CHGが好まれる)のアルコール溶液を使用することが推奨される。この勧告の強さは強い。
- アルコール溶液の有害性の可能性についても示されている。それらは新生児に使用すべきではないし、粘膜や眼にも接触しないようにすべきである。また、CHG溶液は脳、髄膜、眼、中耳に接触してはならない。
- アルコールは可燃性なので、皮膚を通した電気透熱療法(訳者註:超短波・超音波・電流などで温める方法)が使用されるならば、アルコール溶液が発火するかもしれない。それ故、蒸発させて乾燥させる必要がある。また、ドレープがアルコールでずぶ濡れにならないことや、アルコール溶液が手術中に患者の下に溜まらないことを確認することも大切である。
- PVP-Iにはアレルギーの可能性があり、CHGは皮膚刺激を引き起こす危険性がある。そのため、手術室スタッフは手術部位消毒に使用する消毒液の有害性について熟知しなければならない。
滅菌手袋を装着する前の手術時手洗いは抗菌石鹸と流水によるスクラブ法、もしくはアルコールを用いたラビング法にて実施することを推奨する。
[強い勧告] (エビデンスの質:中等度)
- 手術時手洗いは、(特に手術中に滅菌手袋の孔が開いたときの)術野の汚染の可能性を最も低くするために極めて重要である。
- 中等度の質のエビデンスは、擦式アルコール手指消毒薬(ABHR:alcohol-based handrub )を用いた「ラビング法」(訳者註:アルコール消毒薬を使用した擦式法、ウォーターレス法と呼ばれることもある)と抗菌石鹸と流水を用いた「スクラブ法」(訳者註:ブラシを用いた手洗い法)はSSIの予防のための手術時手洗いとして同等の効果であることを示している。
- 手術チームは手術室に入室するときには非抗菌石鹸による手洗いをすべきである。そして、手術室に入ったならば、手術から手術に移動するときには、前洗いをせずに、ラビング法もしくはスクラブ法を繰り返すことが推奨される。
- ABHRの活性は、使用前に手が完全に乾燥されていなければ損なわれる。そのため、手洗いをすることによって損なわれるかもしれない。このことから、手術時手洗いは、抗菌石鹸もしくはABHRのどちらかを用いて実施する。両方を連続的に用いてはならない。この場合、持続効果のある製剤を用いる。
- 皮膚刺激、乾燥、皮膚炎、アレルギー反応は、頻回な手術時手洗いに引き続いて発生する有害事象である。これらはヨードホールでは頻度が高いものの、ABHRでは稀である。しかし、皮膚軟化剤を含んだABHRであっても、破綻のある皮膚(切創や擦過創など)には一過性の刺すような感覚を引き起こすかもしれない。ABHRに含まれている様々な添加物への過敏性によって引き起こされる接触性皮膚炎もしくは接触性蕁麻疹が稀に発生している。
- 患者ケアでのルチーンの手指衛生の目的は、汚れや有機物質を除去して、一過性細菌叢を減らすことである。一方、手術時手洗いの目的は、一過性細菌叢を除去し、常在菌叢を減らすことである。更に、手袋を装着した手の細菌の増殖を阻止することも目的となっている。
- SSIを減らすための手術時手洗いの効果についての科学的なエビデンスは不足している。しかし、この予防策の目的は、手術用手袋に気づかない孔がある場合に、手術チームの手から皮膚細菌が手術中の開放創に放出されるのを減らすことである。非抗菌石鹸で手洗いした場合は、手術用手袋の下での皮膚細菌の増殖は速い。しかし、抗菌石鹸で手術前にスクラブしたあとならば、増殖は遅い。
- 主な皮膚細菌叢はコアグラーゼ陰性ブドウ球菌、プロピオニバクテリウム属である。コリネバクテリア属はSSIでは稀にしか問題とならないが、異物や壊死組織があると、僅か100コロニー形成単位(colony-forming unit)の細菌数であっても感染症を引きおこしうる。
- WHO「医療ケアにおける手指衛生ガイドライン」2)では、爪は短くし、すべての装身具類、人工爪、マニキュア液は手術時手洗いの前に取り外すことが推奨されている。手が肉眼的に汚れているならば、手洗いをして、そして、爪クリーナー(ブラシではない)を用いて、指爪の下から汚れを除去することが推奨されている。これは流水下にておこなうとよい。シンクは飛散の危険性を減少するためにデザインされていなければならない。
- 抗菌石鹸によるスクラブ法では、手および前腕に、製造元の推奨する時間(通常は2~5分)のスクラブを行う。ABHRでのラビング法では、十分な量のABHRを、乾いた手および前腕に製造元の推奨する時間(通常は1.5分)で適用し、滅菌手袋を装着する前には手および前腕を乾燥させるようにする。
文献
- WHO. Global guidelines for the prevention of surgical site infection
http://www.who.int/gpsc/global-guidelines-web.pdf - WHO Guidelines on hand hygiene in health care
[Full version]
http://whqlibdoc.who.int/publications/2009/9789241597906_eng.pdf
[Summary]
http://whqlibdoc.who.int/hq/2009/WHO_IER_PSP_2009.07_eng.pdf
矢野 邦夫
浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長