腸チフス
腸チフスの臨床症状は、発熱、頭痛、便秘、悪寒、筋肉痛、不快感である。原因菌はSalmonella Typhi(サルモネラ・ティフィ:チフス菌)である。他のサルモネラ属とは異なり、S.Typhiは下痢を引き起こすことは通常なく、嘔吐も重症ではないことが多い。S.Typhiは糞口感染によって伝播し、汚染した食物や水によることが多い。症例の2~5%が保菌者となり、保菌者でのS.Typhiの排出は間欠的である。ヒトが唯一の宿主である。
アウトブレイクの検出
2015年9月11日、腸チフスの1症例がコロラド州保健所に報告された。この患者(患者A)は9月2日に発症し、発症の60日前に国外に旅行していたため、当初は、旅行に関連した腸チフスと思われていた[註釈]。10月1日、2番目の腸チフスの患者(患者B)が報告された。
患者Bは9月20日に発症しているが、国外旅行歴はなく、病気の人や保菌者への接触歴もなかった。患者AおよびBは約10km離れているところに居住しており、疫学的な関連性はなかった。患者AとBの家族はS.Typhiについて陰性であった。
保健所は「①これらの症例が大きなアウトブレイクを示唆しているかどうかを判断する」「②共通の曝露源を同定する」「③伝播を止める」ことを目的として調査を開始した。その結果、患者AとBに加えて、3番目の患者(患者C)が5日間の期間内に、同じレストランにて食事をしていたことが判明した。
症例定義
保健所は腸チフスの症例および保菌者を下記のように定義した。
- 症例
- 「臨床的に腸チフスに一致した症状がある」+「7月1日~10月15日の期間にS.Typhiが分離された」+「バンドが1つ異なる2つのパルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE:pulsed-field gel electrophoresis)のアウトブレイクパターンを示す分離菌が同定された」
- 保菌者
- 「患者に接触した」+「最近の病気がない」+「直腸スワブもしくは便検体からの分離菌が2つのPFGEアウトブレイクパターンのどちらかを示す」②2015年秋の学期に戻ってくる学生の数が多いことが推測される。その結果、キャンパスでの集団濃度が増加し、曝露の機会を提供するであろう。多くの学生が大学の宿舎のような濃厚に密集する環境に戻るであろうし、大きな社会的イベントが学期早期に多く開催されるであろう。そして、感受性のある人が集団に加わるであろう。
調査
10月13日、保健所は医師、地域保健局、検査室に追加症例について注意深くすることと、見つけた場合には報告するように通達した。10月1日~10月9日、保健所は患者AおよびBが発症の60日前に共有した曝露源を同定するために、全米サルモネラ質問票、クレジットカードのレシート、食事の思い出し、買い物客カード記録、ソーシャルメディアを用いて調査した。その結果、2人の患者が同じグローサリー・ストアから新鮮食品を購入しており、また、同じレストランへの6回の曝露歴があることが判明した。
10月19日、保健所は3番目の症例(患者C)がS.Typhi陽性であるという連絡を受けた。患者Cは9月15日に発症しているが、最近の旅行歴はなく、患者AおよびBには関連性がなかった。患者Cもまた、全米サルモネラ質問票を用いてインタビューされ、クレジットカードのレシートがレビューされた。この患者は、患者AやBと同じグローサリー・ストアで買い物をしたことはなかった。しかし、3人全員が2015年8月16日~8月20日の期間に同じレストランで食事をしていた。患者BとCから得られた分離菌はPFGEで同一パターン(パターン2)を示しており、患者Aから得られた分離菌は1バンド異なっていた(パターン1)。これはPFGEアウトブレイク定義に合致するものであった。
保健所は、S.Typhiの保菌者がこのレストランのフードサービス(ここでは、新鮮な材料を用いて食物が準備されている)に勤務しているかもしれないという仮説を立て、フードサービスの従業員にS.Typhi検査を依頼した。そして、環境の評価および従業員のインタビューによって、伝播経路についての調査を行った。10月27日に実施した環境評価では手指衛生や食物取扱いにおける欠陥はみつからなかった。レストランの管理者は2015年8月10日~8月20日の期間に食物を取り扱った現在および過去の従業員の全リストを提供した。食物は準備後4日まで提供されていたことと、クレジットカードの提示日の正確性に問題があることから、このような通常より長期間の日数が採用された。
10月28日、保健所は、レストランの現在の従業員に国外旅行歴、症状、業務内容についてインタビューした。そして、培養およびPFGE検査のために10月28日および11月3日に自分で直腸スワブ検体を採取するように、従業員に依頼した(2回の採取の理由は、腸チフスは細菌の排出が断続的だからである)。10月29日までに、現在の従業員28人の全員(100%)が協力し、1件以上の直腸スワブ検体を提供した。
10月30日、保健所は州の健康検査室から「1人の従業員からS.Typhiが分離された」という連絡を受けた。そして、この分離菌のPFGEパターンはアウトブレイクのパターン1(患者Aのパターン)と同一であった。インタビューによって、この従業員には15年前に腸チフスの流行国への旅行歴があるが、最近の症状はなく、病気の人への接触歴もないことが判明した。この従業員はフードサービス業務から外され、アジスロマイシンによる28日間の治療がなされ、1ヶ月以上を空けた3回の連続検体でS.Typhiが陰性となるまで、便検査によって監視された。レストランはこの従業員の業務を空けておくことを同意し、保菌状態でなくなれば、業務に戻ることにも同意した。
結論
- S. Typhiの保菌者が感染後何年も経てから他の人に腸チフスを引き起こすことがある。
- 旅行に関連しない腸チフスの症例が検出されたときは、迅速かつ徹底的なインタビューが重要である。
- ソーシャルメディアおよびクレジットカードのレートは曝露源を見つけ出すのに有用である。
文献
- CDC. Typhoid fever outbreak associated with an asymptomatic car rier at a restaurant ― Weld County, Colorado, 2015
http://www.cdc.gov/mmwr/volumes/65/wr/pdfs/mm6523a4.pdf
[註釈]
腸チフスの潜伏期間は3~60日であり、通常は8~14日である。
矢野 邦夫
浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長