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47号 加湿器と感染症
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冬になると病室が乾燥しないように、自宅で使用していた加湿器を病室に持ち込むことを希望する人がいる。その多くは「今まで自宅で用いていた加湿器だから、病院で用いても何ら問題はない」と考えているようである。確かに、自宅にいたときは健康な時期であったし、周囲には健康な家族が生活しているので、加湿器が多少汚染したからといって何ら問題は発生しない。しかし、入院するとなると何らかの疾患があり、抵抗力が低下するような状態になっていることもある。抵抗力に問題なければ何もトラブルをおこさない加湿器であっても、抵抗力の低下した状況では重大な問題を引き起こすことがある。ここでは加湿器によって、レーシック手術後に眼感染症が発生した事例を紹介する 1)

事例

img_201511_1

ID 226
CDC. Public Health Image Library (PHIL)
http://phil.cdc.gov/phil/home.asp
Mycobacterium chelonae の走査電子顕微鏡写真

レーシック(LASIK:Laser-assisted in situ keratomileusis(レーザー角膜切削形成術))による眼科治療は一般的になってきており、米国では毎年、約60万件の手術が実施されている。レーシックは外来で実施されることが通常であり、視力異常を矯正するために眼のレンズを再形成するためのガイドレーザーが使用されている。

2015年2月5日、オハイオ州のトレド・ルーカス郡保健所は、2015年1月9日にクリニックAでレーシック手術を受けた6人の患者のうち2人に眼感染症がみられたとの連絡を受けた。クリニックAは外来手術センターであり、月に1日、この手術を実施している。2 人の患者は手術後に眼痛を経験し、Mycobacterium chelonae(マイコバクテリウム・ケロネ)[註釈](図)による感染症の診断を受けた。この病原体は土壌や水でみられる環境微生物である。

2015年2月12日、保健所のスタッフはレーシック手術に関連した手技を調査して伝播経路を同定するために、クリニックAを訪問したが、そのときは問題点を同定できなかった。2015年2月13日、クリニックAは引き続いて、18件のレーシック手術を実施した。18人の患者のうち2人が2015年3月初めに眼痛を経験し、検査にてM.chelonaeが確定された。これらの感染症は保健所に報告され、そしてクリニックAは即座にすべてのレーシック手術を延期した。

調査

CDC、トレド・ルーカス郡保健所、オハイオ州保健所は「手術における水の汚染の機会」に焦点を合わせた議論をおこなった。トレド・ルーカス郡保健所のスタッフは「薬剤調整や手指衛生には明らかな破綻は観察されなかった」と報告したが、レーシック手術に使用されているレーザー器具の製造元の推奨に従って40~50%の相対湿度を維持するために、2つの加湿器が使用されていたことを報告した。これらの冷気用の貯水型の一般用加湿器には水道水が満たされ、手術室のなかに設置され、手術中は患者の近くに置かれていた。

どちらの加湿器も使用中は水を入れた内部貯水タンクを持っていた。これらの機器のうち1つはミストを作り出すために超音波ネブライザーを使用しており、もう1つは飽和芯の上に乾燥した吸い込み空気を通していた。ミスト用加湿器は2014年12月に購入され、何年も使用されてきた。CDCは手術室全体から環境サンプルを収集するように推奨し、それには各々の加湿器の貯水タンクおよび空気流出口が含まれていた。

CDCによって実施された検査によって、ミスト用加湿器の貯水タンクからM.chelonaeが分離された。パルスフィールドゲル電気泳動法によって、4人の患者のうち3人からの分離菌と加湿器の分離菌が同一であることが示された。4人目の患者の分離菌もこれに濃厚に関連していた(相同性>95%)。この調査のあと、クリニックAは両方の加湿器を廃棄し、手術室の環境の温度と湿度を制御するための中央化空気処理システムをグレードアップした。2015年6月にレーシック手術を再開して以降は、更なる症例は報告されていない。

考察

このアウトブレイクは消費者グレードのミスト用加湿器の使用によって引き起こされ、それはM.chelonaeによって汚染されていた。レーシック手術で用いられるレーザーの製造元は高レベルの加湿を推奨しているので、他のレーシッククリニックも同様の加湿システムを採用している可能性がある。現在の全米規格協会/米国暖房冷凍空調学会/米国医療工学学会の換気ガイドラインは「加湿器は空気処理ユニットもしくは配管内に設置すべきであり、蒸気加湿器が使用されるべきである」と述べている。さらに、現在のCDCの環境感染制御ガイドラインは「貯水式加湿器は医療施設では使用すべきではない」と述べている 2)。このアウトブレイクは医療施設におけるミスト用加湿器の危険性を強調している。また、外来で実施されるすべての手術において、患者のケアのために公開されている推奨を十分に遵守する必要性も強調している。

文献

  1. CDC. Notes from the field: Mycobacterium chelonae eye infections associated with humidifier use in an outpatient LASIK clinic – Ohio, 2015
    http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/wk/mm6441.pdf
  2. CDC. Guidelines for environmental infection control in health-care facilities
    http://www.cdc.gov/hicpac/pdf/guidelines/eic_in_HCF_03.pdf

[註釈]
培養可能な抗酸菌は結核菌群と非結核性抗酸菌に分類されている。非結核性抗酸菌にはヒトに対して病原性を持つものもあるが、多くは非病原性菌であり、河川水や土壌など自然界に分布している。また、抗酸菌は培養日数によって遅発育菌と迅速発育菌の 2 つに分類される。
前者には結核菌群、Mycobacterium avium、M.kansasii などがあり、培養に7日以上要する。後者には M.abscessus、M.chelonae などがあり、7日以内に発育する。

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長