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35号 高齢者におけるインフルエンザワクチンの効果持続期間
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高齢者がインフルエンザに罹患すると重症化したり、死亡することがある。そのため、インフルエンザワクチンの接種が強く求められている。しかし、10月頃に接種してしまうと抗体価が低下してゆき、翌年の2~3月には効果がなくなってしまうのではないかとの心配もある。ここではCDCの「ワクチンによる季節性インフルエンザの予防と制御」1)から高齢者におけるワクチン接種後の抗体価の減少についての記述を抽出するとともに引用文献の要旨を紹介する。

CDC.ワクチンによる季節性インフルエンザの予防と制御1)

インフルエンザワクチンで誘導された抗体価は接種後には減少してゆく。2008年の文献レビューは高齢者では早く減少するという明らかなエビデンスは見つけられなかったが2)、2010年の研究では65歳以上の成人の接種後6ヶ月の抗体価は統計学的に有意に減少していることが示された(ただし、抗体価は防御には十分と考えられている欧州医薬品委員会の基準値は満たしている)3)

011-2012年にスペインのナバラ州で実施された症例対照研究ではワクチンの効果の減少は主に65歳以上でみられた4)。インフルエンザワクチンの接種を遅らせれば、その季節の後期まで十分な免疫を維持できるかもしれない。しかし、接種を延期すれば、接種の機会を逃したり、制限のある時間枠内でその集団を接種することが困難になるかもしれない。従って、接種プログラムには「①ワクチンによって誘導された抗体価が季節を通じて維持される可能性を最大にする」および「②接種の機会を逃したり、インフルエンザウイルスの流行が始まってから接種することを避ける」の両者のバランスが必要である。

高齢者でも抗体価は減少しないとの報告

Skowronskiら.高齢者におけるインフルエンザワクチンに誘導された抗体価の急速な減少:
  それは本当か?それとも関連しているのか?2)

米国予防接種諮問委員会は高齢者ではインフルエンザワクチンによって誘導された抗体価が早期に低下して、4ヶ月以内に防御レベル以下に低下することを警告してきた。これを評価するために文献レビューを実施した。最終的なレビューには14件の研究が含まれ、そのうち8研究は血清抗体価を報告している。8件の研究すべてにおいて、欧州医薬品委員会の基準値を上回る抗体価がインフルエンザワクチン接種後4ヶ月以上維持されていた。H3N2成分について報告している8件の研究のすべて、H1N1成分およびB成分について報告している7件の研究の中の5件が維持していると報告している。季節の終わりに欧州医薬品委員会の基準値を満たしているかどうかを測定すると、当初に抗体価を獲得することは二次的な抗体減少よりも関連があるように思われた。実際、H1N1成分およびB成分のどちらの抗体価も「接種後4ヶ月以上で欧州医薬品委員会の基準を満たしていなかった」と報告している研究は「接種の1ヶ月後の抗体価が獲得されていなかった」と報告している。接種後に抗体価が獲得できていれば、H3N2成分およびH1N1成分について、70%‒100%の抗体保有率が4ヶ月(2件の研究)のみならず、5ヶ月(2件の研究)および6ヶ月以上(4件の研究)維持された。但し、B成分の抗体保有率については接種後の全期間を通じて一定していないようであった。

抗体陽転(セロコンバージョン)率は多様であり、接種前の抗体価に逆相関していたが、年齢には関係しなかった。セロコンバージョンのみを報告している6件の研究の中の2件では、4ヶ月の時点で欧州医薬品委員会の基準値をまだ満たしていた。その他の4件の研究では、4ヶ月での抗体価が不十分の主な理由は1ヶ月での抗体獲得の失敗であった。6件の研究が抗体の維持を年齢別で比較したが、一貫した相違はみられなかった。「高齢者におけるインフルエンザワクチンによって誘導された抗体反応はすぐに低下して、接種後4ヶ月以内に抗体価が防御レベル以下となる」という歴史的な懸念は再考されるべきである。

高齢者では抗体価は減少するとの報告①

Songら.高齢者におけるインフルエンザワクチンの長期の免疫原性:
  乏しい免疫反応および持続性についての危険因子3)

高齢者はインフルエンザワクチンの接種の優先集団として考えられているが、インフルエンザワクチンによって誘導される抗体は急速に減少すると信じられている。高齢者におけるインフルエンザワクチンの長期の免疫原性が若年成人と比較され、評価された。血清抗体価(HI法)が接種前と接種後(接種1、6、12ヶ月)に測定された。1,018人の対象者の中の716人(70.3%)が12ヶ月間フォローされた。接種後1ヶ月での抗体保有率は70.1%~90.3%あり、これは年齢およびワクチンウイルス株に影響された。接種後6ヶ月での抗体保有率は65歳以上の成人では有意に減少したが、欧州医薬品委員会の基準値は満たしていた。接種前の抗体価が低いこと(HI法<1:40)と高齢であることは抗体価の早期の減少に関連しており、接種後6ヶ月頃の抗体価を低下させていた。

高齢者では抗体価は減少するとの報告②

Castillaら.ワクチン接種後の経過時間とインフルエンザワクチンの有効性の減少4)

2011-2012年の季節(この季節はインフルエンザのピークは2012年7週まで遅れた)に、スペインのナバレ州において「検査確認されたインフルエンザ」を防ぐためのワクチンの有効性(VE:vaccineeffectiveness)が研究された。ここでは検査陰性の症例対照研究が実施された。病院内のインフルエンザ様疾患の患者および初期診療スタッフがRT-PCR検査のためにスワブ採取された。そして、インフルエンザワクチンの接種状況などが医療データーベースから得られた。インフルエンザの確定症例および陰性コントロールの接種状況が交絡因子候補を調整したあとに比較された。VEは(1-オッズ比)×100として計算された。411人の確定症例(93%がインフルエンザA(H3))が346人のコントロールと比較された。殆どのウイルスはワクチン株とは一致しなかった。調整されたVEの推定値は全患者で31%、65歳未満で44%、65歳以上で19%であった。VEは接種後の最初の100日では61%、100日~119日では42%、それ以降はゼロであった。このような減少は65歳以上の人々に主に影響している。この結果は、2011-2012年の季節性インフルエンザワクチンの低い予防効果および接種後の期間によるVEの減少を示唆している。

おわりに

65歳以上の成人ではインフルエンザワクチンの接種後は抗体価が減少してゆく可能性があるが、CDCは2回目の接種の推奨はしていない。2回目をルーチンに推奨すれば、経済的かつ時間的に2回の接種の余裕がない高齢者が全く接種しなくなるかもしれない。「2回接種しなければ効果がないならば、もう接種しない!」などと判断されることは避けたい。やはり、1回の接種を徹底することで高齢者すべてが接種することのほうが有利と思われる。

文献

  1. CDC. Prevention and control of seasonal influenza with vaccine s : Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP) ̶ United States, 2014 ‒ 15 Influenza Season
    http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/wk/mm6332.pdf
  2. Skowronski DM, et al. Rapid decline of influenza vaccine-induced antibody in the elderl y : is it real, or is it relevant ? J Infect Dis 2 008 ; 197 : 490 ‒ 502.
  3. Song JY, et al. Long – term immunogenicity of influenza vaccine among the elderly: risk factors for poor immune response and persistence. Vaccine 2010 ; 28 : 3929 ‒ 35.
  4. CastillaJ,etal.Declineininfluenzavaccineeffectivenesswithtimeaftervaccination,Navarre,Spain,season
    2011/12.EuroSurveill2013;18(5).

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長