肺炎球菌
肺炎球菌はランセット形のグラム陽性通性嫌気細菌であり、90以上の血清型が知られている[図1]。殆どの血清型が感染症を引き起こすことができるが、少数の血清型が殆どの肺炎球菌感染症をつくりだしている。
肺炎球菌は成人の5~70%の鼻咽頭に住み着いているが、これは集団や状況で左右される。小児のいない成人では僅か5~10%が保菌しているに過ぎない。学校や孤児院では25~50%の人が保菌している。軍事施設では隊員の50~60%が保菌している。保菌期間は様々であり、成人よりも小児の方が長期である。
図1 血液培養にて増殖した肺炎球菌の顕微鏡写真
伝播
肺炎球菌の伝播は「気道飛沫を介したヒトからヒトへの直接伝播」および「上気道の肺炎球菌の保菌者における自家接種」の結果として起こってくる。感染症を高頻度に引き起こしている血清型は保菌者で最も頻回にみられる血清型である。家族内での蔓延は混雑、季節、上気道感染や肺炎球菌感染症の存在( 肺炎もしくは中耳炎など) に影響される。肺炎球菌感染症の蔓延は保菌率の増加に関連するのが普通であるが、高い保菌率が家庭内での伝播の危険性を増加させることはないようである。感染性期間( 他の人に病原体を伝播する期間) は不明であるが、呼吸器分泌物に病原体がみられる限り、伝播は発生しうるであろう。
臨床症状
肺炎球菌は肺炎のみならず、様々な感染症を引き起こし、ときには致命的になる。肺炎球菌感染症の一部は「侵襲性」となる。侵襲性というのは本来は病原体が存在しない体の部分に病原体が侵入することをいう。例えば、菌血症、髄膜炎である。このような状況では重症化し、入院が必要となり、死亡することもある。成人における肺炎球菌感染症の主な臨床症状は肺炎、菌血症、髄膜炎である。
肺炎球菌性肺炎は成人での肺炎球菌感染症の殆どを占めている。菌血症もしくは膿胸を合併しない肺炎は侵襲性とは考えない。肺炎球菌性肺炎の潜伏期は短く、1~3日程度である。一般的には突然の発熱、寒気、悪寒が症状である。
1回の悪寒があり、寒気を繰り返すことは少ない。その他の多くみられる症状は胸膜炎性胸痛、粘液膿性のさび色の喀痰を伴った咳、呼吸苦、頻呼吸、低酸素、頻脈、倦怠感、虚弱である。頻度は少ないが、吐き気、嘔吐、頭痛がみられることもある。米国では毎年、肺炎球菌性肺炎にて40万件もの入院があると推定されている。肺炎球菌は成人の市中肺炎の約30%を占めており、肺炎球菌性肺炎の患者の25~30%で菌血症がみられる。
米国では肺炎球菌性菌血症が年間約12,000件発生している。菌血症の致死率は約15%であるが、高齢者では60%となる。無脾症の人が菌血症を合併すると劇症型の臨床経過を辿ることがある。
肺炎球菌性髄膜炎については年間は約3000件が発生しており、細菌性髄膜炎の全体の13~19%を占めている[図2,3]。肺炎球菌性髄膜炎の患者の一部は肺炎も合併している。臨床症状、髄液像、神経学的合併症は他の化膿性細菌性髄膜炎と似ている。症状としては頭痛、嗜眠、嘔吐、興奮、発熱、項部硬直、脳神経症状、痙攣、昏睡などがある。致死率は10%であるが、高齢者では高くなる。生存したとしても神経学的後遺症が多くみられている。蝸牛管移植の患者では肺炎球菌性髄膜炎の危険性が高い。
図2 髄液中の肺炎球菌の顕微鏡写真(蛍光抗体法)
出典:CDC.PHIL Photo ID# 3149
http://phil.cdc.gov/phil/details.asp?pid=3149
図3 アルコール中毒患者での肺炎球菌性髄膜炎
開頭剖検では炎症が波及した硬膜下の軟膜の化膿性炎症が示されている
出典:CDC.PHIL Photo ID# 33
http://phil.cdc.gov/phil/details.asp?pid=33
成人における危険因子
成人では65歳以上になると肺炎球菌感染症の危険性が増大する。19~64歳の人でも下記の人ではリスクは高くなる。
- 慢性疾患(肺、心臓、肝臓、腎臓、喘息、糖尿病、アルコール中毒)の人
- 免疫系が低下している人(HIV/AIDS、癌、脾臓障害もしくは無脾症)
- 長期医療施設で生活している人
- 渦巻管インプラント、髄液漏出のある人
予防
肺炎球菌感染症の最もよい予防法はワクチン接種である。肺炎球菌ポリサッカライドワクチン(pneumococcal polysaccharide vaccine:PPSV23、ニューモバックス®)は23種類の肺炎球菌を予防するワクチンである。このワクチンは65歳以上のすべての成人および2歳以上のハイリスクの人々に推奨される。また、19~64歳の喫煙者もしくは喘息患者にも推奨される。インフルエンザは肺炎球菌感染症になる危険性を増加させるので、インフルエンザワクチンも接種しておくことが大切である。
90以上の血清型が感染症を引き起こすので、過去の肺炎球菌感染症は将来の感染からヒトを守ることはない。それ故、過去に肺炎球菌感染症を経験したことがあっても、ワクチンを接種することが推奨される。
文献
- CDC. Pneumococcal disease
http://www.cdc.gov/pneumococcal/about/index.html
矢野 邦夫
浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長