ケンエーIC News

30号 アドベンチャーレース
PDFファイルで見る
米国で人気上昇中のアドベンチャーレースは日本でも普及してきている。多くの人々が楽しむことができるし、健康的である。ただ、泥水を飲み込んでしまうようなレースをする場合にはキャンピロバクター胃腸炎の覚悟が必要なようである。ここでネバダ州での長距離障害アドベンチャーレースで発生したキャンピロバクター胃腸炎のアウトブレイクについて、CDCによる調査結果を紹介する1)

経過

2012年10月12日、ネバダ州ラスベガス近郊にあるネリス空軍基地の衛生部はマイク・オキャラガン連邦医療センターから「3人の現役軍人が10月10~12日に発熱、嘔吐、血性下痢にて救急外来を受診した」という連絡を受けた。

医療スタッフによる初期インタビューによって、3人全員が10月6~7日に、ネバダ州ビーティの広い家畜飼育用地で開催された長距離障害物アドベンチャーレースに参加していたことが判明した。ここでは参加者は最初から泥に顔面から落下するとか、地表水(河川・湿地・湖沼などの水のこと)に頭部を漬けるといった状況がみられた。ネリス衛生部が地域および州の健康専門家とともに調査したところ、現役軍人および一般人のなかから、キャンピロバクター・コリ(Campylobacter coli)感染の22症例(疑い例18人、確定例4人)が同定された。

症例定義

疑い例は10月6~7日に障害物アドベンチャーレースに参加した人のなかで、下痢(24時間で3回以上の軟便)、血性下痢、他の胃腸症状(腹痛発作、吐き気、嘔吐)の合併のどれかがみられた人として定義された。確定例は疑い例のなかで、便検体からキャンピロバクターが検査分離された人として定義された。

曝露源

レースに参加した患者および健康人から提供されたデータを用いた症例対照研究によると泥水をレース中に偶発的に飲み込んだこととキャンピロバクター胃腸炎の間に統計学的に有意な関連がみられた。

一般に、このようなイベントは農村地域で開催され、レースの障害物として人工の泥区域が設定されている。動物が頻繁にみられる地域では、泥区域の増設に用いられる土が家禽、反芻動物、野生動物の糞で汚染されていることがある。参加者はそのような区域を走って通り抜けるが、その時に、臨床疾患を引き起こすのに十分な数の病原体を偶発的に飲み込んでしまうことがある。

キャンピロバクターが感染症の発症を引き起こすためには 500個弱の菌量が必要である。ここで報告されたレースは、広い家畜飼育用地で開催されており、コース上もしくは近くにはウシやブタがレース当日に確認されていた。

キャンピロバクター

キャンピロバクターは米国では最も頻度の高い下痢疾患の原因の一つである。キャンピロバクター胃腸炎に罹患した人の殆どが病原体に曝露してから2~5日以内に、下痢、腹痛発作、腹痛、発熱を経験する。下痢は血性のことがあり、吐き気と嘔吐を伴うことがある。症状は1週間程度持続するのが普通である。殆どの症例は孤発性もしくは散発性に発生し、生または調理不十分の家禽を食べたり、これらによって汚染された食物を食べることに関連しているのが普通である。

ここで報告されている22人の患者では、曝露から発症までの時間中央値は3.3日(範囲1~9日)であった。最も多い症状は下痢(19人中18人)、腹痛発作(18人中14人)、発熱(18人中10人)、吐き気(17人中10人)であった。22人の患者のうち20人が受診を求めた。持病として慢性胃腸疾患を持っていた1人が支持療法および経静脈抗菌薬の治療のために入院した。結局、22人全員が完全に回復している。パルスフィールドゲル電気泳動法、多座配列タイピング、抗菌薬感受性検査によると、4株の分離菌すべてが同一株であった。

過去のアウトブレイク事例

汚染した食べ物や飲料水はキャンピロバクターのアウトブレイクでよく見られる感染源であるが、汚染した泥水を偶発的に飲み込んだことによるアウトブレイクは過去にも報告されている。キャンピロバクター胃腸炎のアウトブレイクが1990年代のノルウェーでの2件の自転車レースでみられたが、ここでは自転車の車輪による泥水の跳ねを偶発的に飲み込んだことが関連していた。同様に、2008年のウェールズ、2010年のブリティッシュ・コロンビア州でのマウンテンバイクレースでのキャンピロバクターのアウトブレイクの原因としても泥の飲み込みが関連していたと推測されている。

教訓

糞便に汚染された泥水に曝露する可能性のあるアウトドアのスポーツイベントへの参加者に警告することによって、(偶発的であっても)泥水を飲み込むことによって発症する重篤な下痢疾患を減らすことができる。イベント主催者は安全でない水を飲むことを避けるように参加者に助言を考慮すべきである。

参加者は大会後の下痢(特に血性下痢)がみられたら適切に受診し、医療者に曝露があったことを告げるべきである。また、医療者は、すべての参加者が適切な診断的検査と治療を受けることができるように、このようなアドベンチャーレースとキャンピロバクターの曝露が汚染した泥水を介して発生しうることを知っておくべきである。

文献

  1. CDC. Outbreak of Campylobacteriosis associated with a long-distance obstacle adventure race ̶Nevada, October 2012.
    http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/wk/mm6317.pdf

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長