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27号 ノロウイルスとアルコール手指消毒薬
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2014年1月16日木曜日の朝、浜松市の多くの小学校で多数の児童が下痢・嘔吐にて欠席した。最終的に1,000人を超える児童がノロウイルスに感染するといった事態となり、その爆発的な感染力を目の当たりにした。その特徴は「僅か1日で」「1,000人を超える児童が」「下痢・嘔吐を呈し」「重症者がほとんどいない」というものであった。そして、給食のパンが感染源であった。
多数の小児が診療所や病院に受診し、そして、感染を心配する人々もまた受診していた。医療機関にはノロウイルス胃腸炎の患者のみならず、心臓疾患や呼吸器疾患などさまざまな疾患の患者が受診しているため、患者間でのノロウイルスの伝播が発生しないような対策が講じられていた。そのなかで特に大切な感染対策が、いうまでもなく「手指衛生」である。
すでに、知られているようにノロウイルスはアルコールへの感受性が低く、ノロウイルス胃腸炎の患者をケアしたときには石鹸と流水にて手洗いすることが推奨されている。同時に、環境表面には次亜塩素酸ナトリウムにて消毒することも推奨されている。これらを混同して、一部の給食関連業者ではノロウイルスを恐れ、「石鹸と流水にて手洗いしてから、次亜塩素酸ナトリウムにて手指消毒をする」といったマニュアルを作成していた。そのようなことをすれば、手荒れが発生し、様々な病原体を手指が持ち運ぶことになってしまう。
病原体はノロウイルスのみではない。給食関連施設ではサルモネラやキャンピロバクターなどが、病院では緑膿菌やMRSAといった病原体が問題となっている。ノロウイルス流行によって多忙となった臨床現場での「アルコールが利用できない状況」とは「他の病原体によるアウトブレイクが発生しやすい状況」であるといえる。アルコール手指消毒薬は感染対策において大変有用である。そのため、アルコールの弱点を補うことによって、ノロウイルスに対しても利用できれば、感染対策は大きく進歩するであろう。ここで再度、WHO手指衛生ガイドラインおよびCDCノロウイルスガイドラインを確認してみたい。

WHO手指衛生ガイドライン1)

日常的な感染対策として、WHOは石鹸と流水による手洗いよりもアルコール手指消毒薬を推奨している。その理由として、アルコールは「ほとんどの微生物(ウイルスを含む)を除去できる」「短時間(20~30秒)で効果を得ることができる」「臨床現場で利用できる」「皮膚が耐えられる」「特別な設備(上水道システム、洗面台、石鹸、ハンドタオルなど)が必要ない」というものが挙げられている。特に、強調されていることは「アルコールは石鹸と流水よりも手荒れしやすいと思われがちであるが、アルコールの方が手荒れ対策に有効である」ということである。皮膚炎を減らすことを目的として石鹸を提供している病院は多いが、そのような対応によって、むしろ手荒れが作り出されている。WHOは日常的には手荒れの少ない「保湿剤を含んだアルコール手指消毒薬」を強く推奨している。

CDCノロウイルスガイドライン2)

アルコール消毒が医療現場での最適な手指衛生の方法であるにもかかわらず、ノロウイルスがアルコールに抵抗性があるということでアルコールを放棄することになった。しかし、アルコールに一工夫すればノロウイルス対策として利用できる可能性をCDCはガイドラインにて記述している。その要点を述べる。

  • 石鹸と流水による20秒間の手洗いはノロウイルスを約1/5~1/16に減らすが、アルコール手指消毒薬がウイルスRNAを減らすことはない。但し、ヒトノロウイルスは試験管内で培養できないので、残存ウイルスが生きているか否かの確認はできていない。
  • ヒトノロウイルスは培養できないがゆえに、培養可能な代替ウイルスであるマウスノロウイルス(MNV:murine norovirus)やネコカルシウイルス(FCV:feline calicivirus)が研究に用いられている。これらを用いた研究によると、MNVはエタノールに感受性があり(70%エタノール製剤は30秒でMNVを約1/300に減らす)、FCVは酸性pHに感受性があった。
  • 代替ウイルスの1つのみに有効な消毒薬よりも、両方のウイルスに有効な消毒薬の方がヒトノロウイルスに対して有効かもしれない。そして、ウイルスRNAの減少よりも、培養可能な代替ウイルスの感染性の減少をみる方がヒトノロウイルスに対する手指消毒薬の有効性を評価する信頼できる手段かもしれない。

すなわち、アルコール手指消毒薬がウイルスRNAを減らすことはないからといって、ノロウイルスに無効であるとは言えない。MNVおよびFCVに有効なアルコール手指消毒薬は効果が期待できるのである。

おわりに

最近、アルコールのpHを酸性に調整することによってノロウイルスへの効果を強化した手指消毒薬が開発されている[註釈]。WHOが述べているようにアルコール手指消毒薬には数多くの利点がある。ノロウイルスは培養できないので、アルコールによる殺滅効果の確認はできないが、代替ウイルスによって良好な結果が得られている製剤を用いることはアルコールを放棄するよりも感染対策を向上させるかもしれない。病院内で問題となっている病原体はノロウイルスのみではない。既に述べたように、MRSAや緑膿菌などの耐性菌も院内感染を引き起こしている。ノロウイルスのみに対応することによって、他の病原体によるアウトブレイクが引き起こされることはあってはならない。CDCはノロウイルス対策として「アルコール手指消毒薬は手洗いに加えて利用できるが、石鹸と流水による手洗いの代替として用いるべきではない」としている。しかし、アルコール手指消毒薬のpH調整の技術の発展により、すべての病原体への対策としてノロウイルスにも有効なアルコール手指消毒薬が利用できる日がやってきたのかもしれない。

文献

  1. WHO Guidelines on hand hygiene in health care
    Full version]  [Summary
  2. CDC. Updated norovirus outbreak management and disease prevention guidelines
    http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/rr/rr6003.pdf
  3. 山崎謙治・中田恵子 各種ウイルスに対する新規速乾性すり込み式手指消毒薬の有効性評価 医学と薬学 71(1),117-125,2014

[註釈]
ラビショットおよびラビジェル(健栄製薬)はエタノールにクエン酸および硫酸亜鉛を加えることによってpHを酸性に調整したアルコール手指消毒薬である。この製剤はMNVおよびFCVを15秒間で不活化できることが確認されている。3)

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長