髄膜炎菌の感染力
髄膜炎菌は気道および咽頭の分泌物によって伝播する。幸いなことに、この細菌には風邪やインフルエンザのような感染力はない。髄膜炎菌感染症の患者が滞在したところの空気を吸い込むとか、軽く接触するとかによっては伝播しない。しかし、髄膜炎菌感染症の患者に濃厚接触または長期接触した人々には伝播することがある。特に、同居家族、ルームメイト、患者の口腔分泌物に直接触れた人(ボーイフレンド、ガールフレンドなど)は感染する危険性が高い1)。
髄膜炎菌性髄膜炎
髄膜炎菌感染症において最も多くみられるのは髄膜炎である。症状は急速に現れることもあるし、数日かけて現れることもある。一般的に、髄膜炎菌に曝露してから3~7日以内に発症する。新生児や乳児では発熱、頭痛、項部硬直といった典型的な症状がみられない(そ
のような症状を知らせることができないのかもしれない)。幼児は動きがゆっくりとなったり、非活動的となったり、興奮したり、嘔吐したり、食事をとらなかったりする。髄膜炎菌性髄膜炎は極めて重症であり、致死的になりうる。死亡例では、数時間で死亡することもある。非死亡例では、聴力消失や脳障害などの永久障害が残ることがある1)。
髄膜炎菌性敗血症
髄膜炎菌感染症では敗血症がみられることがある。髄膜炎菌性敗血症では、細菌が血流に入り込んで増殖し、血管壁に障害を与え、皮膚や臓器への出血を引き起こす。髄膜炎菌性敗血症は極めて重篤であり、致死的である。死亡例では発症してから数時間以内に死亡する。非死亡例では足指・手指・四肢の切断が必要となったり、皮膚移植がなされた症例では重度の瘢痕を残すことがある1)。
化学予防の対象
侵襲性髄膜炎菌感染症(髄膜炎や敗血症など)の患者に濃厚接触した人には二次感染を防ぐための化学予防が必要である。濃厚接触者には①家族、②小児ケアセンターでの接触者、③患者の症状の発現前の7日以内に患者の口腔分泌物に直接曝露した人(キス、マウス・ツー・マウスによる蘇生、気管内挿管、気管内チューブの管理など)が含まれる。髄膜炎菌感染症の患者の気道処置をしたり、患者の気道分泌物に曝露したならば、その医療従事者も化学予防を受けるべきである。旅行者については、患者の気道分泌物に直接接触した場合や長時間のフライト(8時間以上)で患者の直接隣接に座席した場合には化学予防を考慮すべきである。散発的な髄膜炎菌感染症の患者に曝露した家族内接触者での罹患率は曝露者1000人中4人と見積もられており、これは一般集団における罹患率の500~800倍も高い。米国では髄膜炎菌疾患の患者に曝露した医療従事者の罹患率は一般集団よりも25倍高い2)。
一方、口咽頭スワブ、気管内分泌物、結膜スワブといった非滅菌部位の培養で髄膜炎菌が検出されただけの患者への濃厚接触者には化学予防は推奨されない。非侵襲性肺炎や結膜炎の患者に濃厚接触したことによる二次感染は稀だからである。また、無症状の鼻咽頭保菌者を治療する必要もない2)。
化学予防の開始時期
侵襲性髄膜炎菌感染症の発症直後は濃厚接触者の二次感染率が最大となるので、化学予防は迅速に開始すべきである(発端患者の同定後24時間未満が望ましい)。一方、曝露してから14日を越えた場合には化学予防しても効果がみられないか、効果が限定的となる。曝露者の口腔咽頭または鼻咽頭を培養しても化学予防の必要性を決定することはできない。むしろ、培養することによって、予防策の開始を不必要に遅らせてしまうことになる2)。
化学予防のレジメ
リファンピシン、シプロフロキサシン、セフトリアキソンは髄膜炎菌の鼻咽頭保菌を減らすのに有効であり、これらすべてが化学予防の抗菌薬として用いることができる。リファンピシンやシプロフロキサシンの耐性は散発的に報告されているが、化学予防に対する耐性は米国では稀である。第三世代セファロスポリン(セフトリアキソンなど)以外の薬剤を用いて髄膜炎菌感染症の全身的抗菌療法を実施しても、髄膜炎菌の鼻咽頭保菌を駆逐できない。この場合は、病院から退院する前に鼻咽頭保菌を駆逐するための抗菌治療を実施すべきである2)。
アジスロマイシンは第一選択薬として用いることは推奨されないが、髄膜炎菌の鼻咽頭保菌の駆逐に500mgの単回経口のアジスロマイシンが有効であったとの報告がある。アジスロマイシンは、安全かつ投与が容易であることに加えて、懸濁液も入手でき、小児での使用
も認可されている。アジスロマイシンはシプロフロキサシン耐性が多い地域での化学予防に推奨されている2)。
文献
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CDC.Meningococcal disease
http://www.cdc.gov/meningococcal/about/index.html -
CDC.Prevention and control of meningococcal disease
http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/rr/rr6202.pdf
矢野 邦夫
浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長