症例1
AIDSにて入院している患者が興奮状態となり、腕に挿入されている血管内カテーテルを抜去しようとしていた。数人の病院職員が患者を抑制しようと奮闘した。そのような努力の最中に、輸液ラインが引き抜かれ、血管内カテーテルのアクセスポートに挿入されていた接続針が剥きだしになってしまった。そこにいた一人の看護師が輸液ラインの先端にあるコネクター針を元にもどし、それを再挿入しようとしたとき、別の看護師の手にその針が刺さってしまった。針刺しした看護師は当日のHIV検査は陰性であったが、数ヶ月後の検査で陽性となってしまった。
症例2
一人の医師がHIV外来の検査室で患者から採血した。その部屋には鋭利物廃棄容器が備え付けられていなかったので、彼女は片手リキャップ法にて針をリキャップした。彼女が検査材料と廃棄物を分別していたところ、採血針からキャップが外れてしまい、右の人差し指に刺さってしまった。彼女のベースラインのHIV検査は陰性であった。ジドブジンによる曝露後予防[註釈1]を開始したが、副作用のために10日後に内服を中止した。針刺しから約2週間後、HIV感染に一致するインフルエンザ様症状がみられ、針刺し3ヶ月後の検査でHIV陽性となった。
症例3
AIDS患者の採血のあとに、一人の医療従事者が使用後の採血針にて深い針刺しをした。また、採血管の血液も零れてしまい、手首と手袋の袖口の隙間から血液が入り込み、ひび割れのある手を汚染してしまった。直ぐに手袋を取り外して、手洗いをした。彼女のベースラインのHIV検査は陰性であったが、ジドブジンによる予防[註釈2]は希望しなかった。そのときは、患者がHCV感染していることが知られておらず、肝疾患の臨床的根拠がなかったので、彼女はベースラインのHCV検査を受けていなかった。針刺しから8ヶ月経過したところで、急性肝炎にて入院することとなった。針刺しの9ヶ月後にHIV抗体が陽性であることが判明した。さらに、針刺しの16ヶ月後にはHCV抗体も陽性となり、慢性C型肝炎と診断された。その後、臨床状態は悪化を続け、針刺しから28ヶ月で彼女は死亡した2)。
症例4
HBV感染している患者の呼吸苦の原因を確定するために気管支鏡が実施された。一人の医療従事者が生検用鉗子から組織を取り出しているときに、25ゲージの針にて針刺ししてしまった。その医療従事者はB型肝炎用免疫グロブリンもHBVワクチンも曝露後予防として受けなかった。針刺しから約15週間後に、疲労、倦怠感、黄疸を経験した。その後、肝酵素が異常値を示し、HBs抗原が陽性となり、急性B型肝炎となった。気管支鏡を受けていた患者はニューモシスティス肺炎と診断され、さらに播種性カポジ肉腫と厳しい日和見感染も診断され、8ヶ月後に死亡した。この医療従事者は合併症なく経過し、肝酵素および健康状態は正常化した。その後、HBs抗原は陰性化し、HBs抗体は陽性となった(これはHBV感染から回復したことを示している)。針刺しの15ヶ月後のフォローアップにおいて、その医療従事者はHIVも陰性であった。死亡した患者の血清での抗体検査はされていなかった。
症例5
1972年、一人の看護師が患者の腕から皮下注射針を抜去しているときに指に針刺しをしてしまった。このとき、曝露源の患者には明らかな急性非A非B肝炎[註釈3]がみられた。看護師は針刺しの6週間後に肝炎となり、肝酵素は一年近く高値のままであった。看護師および曝露源の患者の血清検体を後になって検査したところ、両者ともHCVに感染していた。1972年での看護師からの最初の血清検体はHCV抗体は陰性であったが、針刺しの6週間後の検体は陽性であった。報告時点では看護師は臨床的に健全であったが、HCV抗体は陽性のままであった3)。
文献
- NIOSH. Alert : Preventing Needlestick Injuries in Health Care Settings
http://www.cdc.gov/niosh/docs/2000-108/pdfs/2000-108.pdf - Ridzon R, et al. Simultaneous transmission of human immunodeficiency virus and hepatitis C virus from a needle-stick injury. N Engl J Med 1997 : 336(13): 919-922
- Seeff LB. Hepatitis C from a needlestick injury. Ann Intern Med 1991:115(5): 411
[註1]
1992年の報告であり、当時は現在のような多剤による抗HIV予防はできなかった。
[註2]
1990年の出来事であり、当時は現在のような多剤による抗HIV予防はできなかった。
[註3]
HCV抗体検査 は1989年に遺伝子の断片が検出されてから診断法が確立された。そのため、1972年当時は急性C型肝炎は急性非A非B肝炎と呼ばれていた。
NIOSH( National Institute of Occupational Safety and Health ):米国保健社会福祉省の管轄下にある米国疾病管理予防センター( CDC )の1組織である。職業環境の安全と健康を確保するのが主な業務内容である。「ナイオッシュ」と発音されている。
矢野 邦夫
浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長