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1号 WHO手指衛生ガイドライン
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2009年、世界保健機関(WHO : World Health Organization)は「医療における手指衛生についてのガイドライン」を公開した1)。このガイドラインは大変優れたガイドラインであり、世界中で実践されることが求められている。その重要ポイントを解説したい。

病原体の感染経路と手指衛生のコンプライアンス

医療従事者の手指は病原体の重要な伝播経路となっている。下記のような状況によって病原体は伝播してゆく。

  1. 患者の皮膚には病原体が存在し、そして患者直近の物体にも付着している。
  2. 患者のケアによって病原体は医療従事者の手指に移動する。
  3. 病原体は医療従事者の手指で少なくとも数分間は生き続けることができる。
  4. 医療従事者が全く手指衛生しないか手指衛生が 不十分となっている。
    または、医療従事者が使用した手指衛生製剤が適切ではなかった。
  5. 病原体によって汚染した手指が別の患者に直接接触するか、 患者が直接接触する物体に接触する。

このように病原体の伝播には医療従事者の手指が大きな役割を果たしているので、手指衛生は重要な感染対策である。それにも拘わらず、手指衛生のコンプライアンスは先進国も開発途上国も低く(5~89%:平均38.7%)、手指衛生の回数は業務当たり5~42回、時間当たり1.7~15.2回に過ぎない。

手指衛生の基本

「アルコール手指消毒が手指衛生の基本である。60~80%のアルコール製剤には殺菌効果があるが、90%以上の濃度になると殺菌効果は低下する。通常、適切な抗菌活性のあるアルコール手指消毒薬には75~85%のエタノール 、イソプロパノール、n-プロパノール、これらの混合液、が含まれている。WHOは75v/v%イソプロパノールまたは80/v%エタノールの製剤を推奨している[註1]。

但し、手指が肉眼的に汚れた場合、血液あるいはその他の体液で目に見えて汚れている時、トイレを使用した後、芽胞形成性病原体(クロストリジウム・ディフィシルなど)に曝露した場合には石鹸と流水にて手洗いをしなければならない。

アルコールが推奨される理由

アルコールによる手指消毒が石鹸と流水による手洗いよりも有利な理由には、

  • ほとんどの微生物(ウイルスを含む)を除去できる
  • 短時間(20~30秒 )で効果を得ることができる
  • 臨床現場で利用できる
  • 皮膚が耐えられる
  • 特別な設備(上水道システム、洗面台、石鹸、ハンドタオルなど)が必要ない

があげられる。

アルコールは石鹸と流水よりも手荒れしやすいと思われがちであるが、WHOはアルコールの方が手荒れ対策に有効であることを強調している。皮膚炎を減らしたいがために普通石鹸を提供している病院は多いが、そのような対応によって、むしろ手荒れを作り出してしまう。

医療従事者が刺激性のある石鹸や洗浄剤に曝露するのを減らすための1つの方法として「保湿剤を含んだアルコール手指消毒薬の使用」を促進することがある。そのような製剤は普通の石鹸や抗菌石鹸と比較して、皮膚状況をより改善することができる。特に、石鹸と流水で手洗いしたあとにアルコール手指消毒したり、逆にアルコール手指消毒後に手洗いすると手荒れの原因になるので、そのような手指衛生の手順は避けるべきである。

手指衛生の5つのタイミング

このガイドラインには「手指衛生の5つのタイミング」が提示されている。5つのタイミングとは

  1. 患者に触れる前(手指を介して伝播する病原微生物から患者を守るため)
  2. 清潔/無菌操作の前(患者の体内に微生物が侵入することを防ぐため)
  3. 体液に曝露された可能性のある場合(患者の病原微生物から医療従事者を守るため)
  4. 患者に触れた後(患者の病原微生物から医療従事者と医療環境を守るため)
  5. 患者周辺の環境や物品に触れた後(患者の病原微生物から医療従事者と医療環境を守るため)

である。このようなタイミングで手指衛生を実施することによって医療関連感染を低減できる。

ガイドライン実行のための戦略

WHOはガイドラインを提示するのみではなく、それを実践するための様々なツール(スクリーンセーバー、スライド集、手指衛生プロモーションビデオ、自施設の手指衛生のレベルを判断するためのツールなど)も同時に提供している。何としてでも世界中の医療現場において手指衛生を向上させようというWHOの強力な戦略が伺える。日本の病院においても、これらのツールを利用して医療関連感染対策を実施してゆくことが求められる[註2]。

文献

  1. WHO Guidelines on hand hygiene in health care
    Full version] [Summary

[註1]
v/v%とはvolume/volume%のことである。80v/v%のエタノールでは100ml中に80mlのエタノールが入っている。同様に、w/w%はweight/weight%のことである。80w/w%のメタノールとは100gの液体に80gのメタノールが含まれていることになる。w/v%はweight/volume%のことである。例えば、1w/v%塩化ベンザルコニウムとは100ml中に1g塩化ベンザルコニウムが入っている。

[註2]
WHOガイドライン自体は英語で作成されているが、日本語版が新潟県立六日町病院の市川高夫先生のホームページ(http://www.muikamachi-hp.muika.niigata.jp/acad_cdc.html)からダウンロードできる(WHOの公式ページからも直接リンクされている)。

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長