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45号 二次性ワクチン効果不全の麻疹患者から周囲の人々に 麻疹ウイルスが伝播する危険性は少ない
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医療従事者が麻疹を発症すると、担当した患者およびその家族が麻疹ウイルスに曝露することになる。このウイルスは感染力が極めて強いので、麻疹免疫を持たない人々に容易に伝播する。しかし、興味深いことに、二次性ワクチン効果不全(Secondary vaccine failure ) [註1] の人が麻疹を発症しても、麻疹ウイルスが周囲の人に伝播しにくいという報告がある1)。過去にも、同様の報告はあった2)。ワクチン未接種の人の麻疹と比較して、二次性ワクチン効果不全の人の麻疹は感染力が低下しているようである。極めて重要な報告なので紹介する1)

事例

2015年1月23日、アリゾナ州マリコパ郡の保健所に、48歳の女性看護師が麻疹を発症した疑いがあるとの連絡が入った。1月11日、看護師はカリフォルニアのディズニーランド・テーマパークのアウトブレイクに関連した麻疹の患者に接触していた。1月21日、39.4 ℃の発熱がみられ、1月23日に咳と鼻風邪がみられた。1月24日に発疹が発現した。そして、この患者は自宅で自己隔離するように指導された。

麻疹の検査

1月26日、血清、鼻咽頭スワブ、尿検体が採取された。その翌日、鼻咽頭スワブおよび尿検体からリアルタイムRT-PCRによって麻疹が診断された。酵素免疫測定法によって、血清から麻疹免疫グロブリンが検出された。症状および検査結果より、彼女には感染性があると考えられた。

ワクチン接種歴・免疫

この患者には1991年および1992年に麻疹・ムンプス・風疹ワクチン(MMR:measles-mumps-rubella)の2回接種が実施されていたという記録があった。 2006年の麻疹 Ig G は陰性であったが、ACIP(Advisory Committee on Immunization Practices:接種の実施に関する諮問委員会)の勧告3)を参考にして、2回の接種歴ゆえに「免疫あり」とされていた。
発疹発現の2日後に麻疹 Ig G が存在したことから、二次性ワクチン効果不全であることが示唆された。このような患者の症状は「典型的な麻疹~かなり軽度な修飾麻疹」のように幅広い4)

曝露後対策

この看護師は1月20~21日に、三次小児外来医療施設で勤務していたが、この期間は感染性期間[註:周囲の人々に病原体を伝播させることができる期間]でもあった。そのため、「接触者の同定」「曝露後予防の提供」「未接種の接触者のクアランティン[註2]の推奨」「接触者に症状がみられた場合の迅速な隔離と診断」によって更なる伝播を防ぐために調査が実施された。

曝露者調査

医療機関は、彼女が勤務していた2日間に曝露した医療従事者71人および患者195人を同定した。71人の医療従事者全員がMMRワクチンを2回以上接種されていたか、麻疹の免疫の血清学的根拠を持っていた。

1月26~30日、医療施設は電話にて曝露患者の家族に連絡する努力をおこなった。各家族に1~3回の電話がなされた。195人の曝露した可能性のある患者のうち144人(74%)およびその家族(380人)に連絡がとれた(曝露後72時間以降となった)。曝露した患者および家族から、MMRワクチンの接種状況(1回以上の接種)および麻疹の症状についての情報が得られた。51人(47家族)に連絡が取れなかったので、アリゾナ州の免疫情報システムにアクセスして彼らのMMRワクチンの接種状況を確認した。そこでの記録にMMRワクチンの接種歴がない人は「MMRワクチン接種状況が不明」とされた。そのような成人1人にはそれぞれ家族がいると仮定すると、合計478人の患者およびその家族が曝露した可能性があることになる。

曝露者の麻疹の感受性

478人のうち、40人(8%)に感受性があると推定された。その内訳は、10人が麻疹免疫のエビデンスがない非ハイリスクグループの未接種者(小児8人[1~11歳]、成人2人[26歳および38歳])であり、30人がハイリスクグループ(1歳未満の幼児21人(MMRワクチンが接種できる年齢に達していなかった)、免疫不全者9人)であるとされた。免疫グロブリンが幼児15人(71%)および免疫不全患者8人(89%)に曝露から6日以内に投与された。

曝露者の感染について

最後の麻疹曝露から21日が経過してから、195人の患者の家族への連絡が試みられた。106人(54%)が回答し、発熱性発疹性疾患を罹患した曝露家族はいないとのことであった。また、マリコパ郡には麻疹症例は報告されていなかった。このようなことは、二次性ワクチン効果不全の患者からの伝播が限定的なものであることを示した過去の報告2)と一致している。すべての曝露した医療従事者が麻疹ワクチンを接種していたので、更に、伝播の危険性が減少したものと思われる。

二次性ワクチン効果不全は稀であり、そのような人からの麻疹の伝播は報告されているものの5)、ウイルスを周囲に伝播することは殆どない2)。もちろん、患者が麻疹疑いであれば、空気予防策を実施すべきである。

おわりに

CDCは麻疹ワクチンが2回接種されていれば、抗体価が低下した人(二次性ワクチン効果不全)であっても、「免疫あり」と判断してよいと勧告している3)。しかし、そのような人が麻疹患者に曝露すると、麻疹に罹患することがある。医療従事者に麻疹が発生すると患者や家族が曝露することになる。麻疹は強力な伝播力を持っているため、院内感染対策として極めて重大な問題となる。医療従事者の殆どがワクチンを接種しているので、「二次性ワクチン効果不全の人が麻疹を発症した場合には感染力が著明に低下している可能性がある」という報告は朗報といえる。

文献

  1. CDC. Lack of measles transmission to susceptible contacts from a health care worker with probable secondary vaccine failure – Maricopa County, Arizon a ,2015
    http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/wk/mm6430.pdf
  2. Rota JS, Hickman CJ, Sowers SB, Rota PA, Mercader S, Bellini WJ. Two case studies of modified measles in vaccinated physicians exposed to primary measles cases: high risk of infection but low risk of transmission. J Infect Dis 2011;204(Suppl 1): S559 – 63.
  3. McLean HQ, Fiebelkorn AP, Temte JL, Wallace GS. Prevention of measles, rubella, congenital rubella syndrome, and mumps, 2013: summary recommendations of the Advisory Committee on Immunizati on Practices(ACIP). MMWR Recomm Rep 2013;62(No.RR-4):1-34.
  4. Lievano FA, Papania MJ, Helfand RF, et al. Lack of evidence of measles virus shedding in people with inapparent measles virus infections. J Infect Dis 2004;189(Suppl 1): S165-70 .
  5. Rosen JB, Rota JS, Hickman CJ, et al. Outbreak of measles among persons with prior evidence of immunity, New York City, 2011. Clin Infect Dis 2014;58:1205 – 10 .
  6. CDC. Measles Prevention: Recommendations of the Immunization Practices Advisory Committee(ACIP)
    http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/00041753.htm
  7. CDC. Quarantine and isolation
    http://www.cdc.gov/quarantine/

[註1] ワクチン効果不全6)
ワクチン効果不全には一次性と二次性があり、下記のように理解されている。
一次性ワクチン効果不全( Primary vaccine failure ):ワクチンに対する十分な反応が全くみられなかった。
二次性ワクチン効果不全( Secondary vaccine failure ):最初は十分な反応がみられたが、時間の経過とともに免疫が低下した。

[註2] 隔離7)
日本語の「隔離」には下記の2つの意味がある。
アイソレーション( Isolation ):発症患者を感受性のある人々から引き離して、行動を制限するために行われる。例えば、インフルエンザを発症した患者を個室に入院させるという方法である。
クアランティン( Quarantine ):病原体に曝露した可能性が高いが、まだ発症していない人々を感受性のある人々から引き離して、行動を制限するものである。例えば、エボラウイルス病の患者に曝露した人を無症状であっても、隔離するという状況である。

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長