消毒薬の選び方

各種微生物に対する消毒薬の選び方

菌芽胞― 枯草菌、セレウス菌、炭疽菌、クロストリジウム・ディフィシル ―

はじめに

細菌のうち、バチルス属(Bacillus spp.;枯草菌、セレウス菌、炭疽菌など)やクロストリジウム属(Clostridium spp.;破傷風菌、ガス壊疽菌、ボツリヌス菌、クロストリジウム・ディフィシルなど)は芽胞を産生する。この芽胞は物理化学的抵抗性が大きく、消毒が行いにくい。とくに、バチルス属の芽胞は物理化学的抵抗性が非常に大きいので、滅菌の指標(インジケーター)として汎用されている1)

1.枯草菌

枯草菌(Bacillus atrophaeus、旧名B. subtilis)の芽胞は、通常は病原性を示さない。したがって、枯草菌の芽胞の消毒は通常不要である。しかし、滅菌の目的で、枯草菌の芽胞の消毒が必要になる場合がある。たとえば、電子内視鏡の緊急滅菌などの場合である(図1)。この場合には、化学滅菌剤としてグルタラールや過酢酸などの高水準消毒薬を用いる。グルタラールへの10~60分間浸漬などを行う2-5)

なお、表1に、次亜塩素酸ナトリウムの殺芽胞効果を示したが、0.1%(1,000ppm)液は5種類の芽胞のいずれに対しても30分以内に殺滅効果を示した。また図2に、各種の芽胞を次亜塩素酸ナトリウム抵抗性が大きい順にならべた6-8)

図1.グルタラールによる電子内視鏡の化学滅菌

図1.グルタラールによる電子内視鏡の化学滅菌

図2.芽胞の次亜塩素酸ナトリウム抵抗性の強さ

図2.芽胞の次亜塩素酸ナトリウム抵抗性の強さ

表1.5種類の芽胞に対する0.1%(1,000 ppm)次亜塩素酸ナトリウムの殺滅効果
(サスペンジョン法,22±2 °C)

スクロール
できます

接触時間

菌種

芽胞数( cfu / mL )
0 1分間 5分間 10分間 20分間 30分間 1時間 2時間
枯草菌 1.1×107 1.0×107 6.3×106 7.5×106 1.7×106 <10 <10 <10
炭疽菌 1.1×107 1.3×106 7.0×105 1.3×103 <10 <10 <10 <10
ボツリヌス菌 2.0×105 9.0×104 <10 <10 <10 <10 <10 <10
破傷風菌 3.9×106 4.9×104 <10 <10 <10 <10 <10 <10
クロストリジウム・ディフィシル 5.0×105 <10 <10 <10 <10 <10 <10 <10

2.セレウス菌の芽胞

セレウス菌(Bacillus cereus、図3)は食中毒の原因菌としてのみならず、リネン類の汚染菌として知られている。

図3. セレウス菌

図3. セレウス菌

食中毒のみならず血流感染症の原因にもなる。

(1)感染経路

セレウス菌で汚染された清拭タオルなどに起因する血流感染例がある9-11)。セレウス菌汚染のタオルやシーツの使用により皮膚に付着した汚染菌が、カテーテル刺入とともに血流に入る感染経路が推定されている。ヒトからヒトへの感染はない。

(2)有効な消毒法

セレウス菌の芽胞には、過酢酸などの高水準消毒薬や、中水準消毒薬である次亜塩素酸ナトリウムが有効である。なお、100℃の熱水や蒸気は無効である。

リネン

未使用の清潔なタオル・シーツ(1cm2当り1生菌数以下)を14カ所のクリーニング店に出して、洗濯(ランドリー)後の微生物汚染について調べた12)。その結果を表2に示したが、これらの14店舗中3店舗(21.4%)のクリーニング店で洗濯後のタオル・シーツには、未使用のものよりはるかに多量の細菌が付着していた。おもな付着菌は、セレウス菌などのバチルス属であった。すなわち、洗濯中の汚染が推定された。

本例のように、クリーニング店において、リネン類がセレウス菌などの芽胞汚染を受けることはまれではない。したがって、病院からクリーニング業者に出したリネン類には、定期的な細菌検査が必要である。そして、問題があれば、洗濯槽内の清掃や次亜塩素酸ナトリウム消毒を指示する。

表2. 洗濯(ランドリー)後の衣類の微生物汚染

スクロール
できます
衣類 サンプルNo. 菌量
(colony-forming units / cm2)*
おもな汚染菌
バスタオル 1 1,200 Bacillus spp.
2 41 Staphylococcus warneri, Bacillus spp.
3 9  
4~14 <1  
シーツ 1 190 Bacillus cereus
2 68 Bacillus cereus
3 8 Bacillus amloliquefaciens
4~14 <1  

* 洗濯前のバスタオルやシーツは、いずれも1cfu/cm2以下であった。

炭疽菌

炭疽菌(Bacillus anthracis、図4)の芽胞は、人畜共通感染症の起因菌としてのみならず、バイオテロ関連の病原微生物として知られている。以下に、バイオテロ時での対応を中心に述べる。

図4. 炭疽菌

図4. 炭疽菌

バイオテロ関連微生物でもある。

(1)感染経路

創傷部位への付着や、吸入または経口による体内侵入で発病する。芽胞の侵入部位により、皮膚炭疽、肺炭疽、腸炭疽に分けられる。ヒトからヒトへの感染はない。

(2)有効な消毒法

高水準消毒薬や次亜塩素酸ナトリウムが有効である。

環境

次亜塩素酸ナトリウムを使用する。たとえば、床上の汚染では、その上にタオルをかぶせて1%(10,000ppm)液を注いで30分以上放置する13)

また、より強力な効果が得られる消毒液として酢添加の0.5%次亜塩素酸ナトリウム〔5~6%(50,000~60,000ppm)次亜塩素酸ナトリウム:水道水:酢=1:8:1の混合液〕があげられる6,14)。この混合液の調製では、まず次亜塩素酸ナトリウムと水道水とを混合して、その後に酢を加える。酢の種類は、穀物酢やリンゴ酢などいずれでも差し支えない。酢の添加でpHが酸性側に傾いた次亜塩素酸ナトリウムでは、著しく効力が増すことが分かっている(表3)6,15,16)。ただし、次亜塩素酸ナトリウムは酸性側では不安定になるので、次亜塩素酸ナトリウムと水道水と酢との混合液は用時調製とする(表4)6)

なお、次亜塩素酸ナトリウムは木質の材質によりすみやかに不活化を受けるので、木質の手すりなどの消毒には適さない6,13,17)。木質箇所には0.3%過酢酸(アセサイド®など)を代用する。

表3. 枯草菌の芽胞に対する酢添加の次亜塩素酸ナトリウムの殺滅効果
(サスペンジョン法,22±2°C)

スクロール
できます

接触時間

薬剤

芽胞数(cfu/mL)
0 15秒 30秒 1分 5分 10分 20分 30分 60分
0.1%次亜塩素酸ナトリウム 1.1×107 NT* NT 1.0×107 6.3×106 1.7×106 <10 <10 <10
酢添加の0.1%次亜塩素酸ナトリウム 1.4×107 75 <10 <10 <10 <10 <10 <10 <10
0.5%次亜塩素酸ナトリウム 1.5×107 NT NT 1.3×107 7.8×106 1.0×106 <10 <10 <10
酢添加の0.5%次亜塩素酸ナトリウム 1.0×107 <10 <10 <10 <10 <10 <10 <10 <10
10倍希釈の酢 7.5×106 NT NT NT NT 6.5×106 8.0×106 6.5×106 7.0×106

* NT = 試験せず

表4. 酢添加の有無による次亜塩素酸ナトリウムの安定性(22±2°C)

スクロール
できます
薬剤 pH 残留塩素の残存率(%)
直後 10分間 1時間 24時間
0.01%次亜塩素酸ナトリウム 9.97 100 103 101 96
酢添加の0.01%次亜塩素酸ナトリウム 2.89 14 4 3 1
0.1%次亜塩素酸ナトリウム 10.25 98 100 99 95
酢添加の0.1%次亜塩素酸ナトリウム 3.97 72 63 54 18
0.5%次亜塩素酸ナトリウム 11.35 99 100 98 103
酢添加の0.5%次亜塩素酸ナトリウム 5.65 96 90 81 48
手指

石けんと流水下での手洗いを行う。

4.クロストリジウム・ディフィシル

クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile、図5;以下ディフィシル菌と略す)は偽膜性大腸炎などの原因になる。偽膜性大腸炎の発症メカニズムは、「抗菌薬の投与→腸内常在細菌叢の攪乱→ディフィシル菌の異常増殖・毒素産生」である。偽膜性大腸炎は、もともと腸内に存在している本菌により発症することもあるが、病院内での伝播による発症も少なくない。

図5. クロストリジウム・ディフィシル

図5. クロストリジウム・ディフィシル

嫌気性で、偽膜性大腸炎の原因になる

(1)感染経路

「糞便→経口」の経路で感染する。糞便で汚染された用具や環境がリザーバーとなって、医療スタッフの手指などを介して感染する18)。とくに、クリンダマイシンやペニシリン系・セフェム系などの嫌気性菌に抗菌力を示す抗菌薬の投与により発症しやすくなる。

(2)有効な消毒法

ディフィシル菌の芽胞には、過酢酸、グルタラールおよびフタラールなどの高水準消毒薬に加えて、中水準消毒薬の次亜塩素酸ナトリウムが有効である2,3,6)。表5には、ディフィシル菌の芽胞に対するこれらの消毒薬の効果を示した。0.3%過酢酸や3%グルタラールでは30秒間、0.1%(1,000ppm)次亜塩素酸ナトリウムでは5分間、また0.55%フタラールでは10分間で殺芽胞効果を示した。「糞便→経口」の経路で感染する。糞便で汚染された用具や環境がリザーバーとなって、医療スタッフの手指などを介して感染する18)。とくに、クリンダマイシンやペニシリン系・セフェム系などの嫌気性菌に抗菌力を示す抗菌薬の投与により発症しやすくなる。

なお、ディフィシル菌の芽胞には中水準消毒薬であるアルコールや、クロルヘキシジンなどの低水準消毒薬は無効である。

表5. クロストリジウム・ディフィシルの芽胞に対する消毒薬の効果

スクロール
できます

接触時間

消毒薬

芽胞数/シリコンディスク
0 30秒 1分 2分 5分 10分 20分
0.3%過酢酸 2.9×103 0 0 0 0 0 0
0.3%過酢酸
(0.1%アルブミン添加)
0 0 0 0 0 0
3%グルタラール 0 0 0 0 0 0
3%グルタラール
(0.1%アルブミン添加)
0 0 0 0 0 0
0.55%フタラール 6.9×102 5.2×102 5.9×102 2 0 0
0.55%フタラール
(0.1%アルブミン添加)
3.2×103 1.4×103 1.3×103 0 0 0
0.1%次亜塩素酸ナトリウム 0 0 0 0 0 0
0.1%次亜塩素酸ナトリウム
(0.1%アルブミン添加)
2.6×102 2.8×102 3.5×102 0 0 0

シリコンディスク付着の芽胞へ消毒薬を滴下する方法で行った(20°C)

環境

偽膜性大腸炎患者の環境周辺には、ディフィシル菌の芽胞が大量にばらまかれている可能性がある。また、本菌の芽胞は乾燥に強い19,20)。したがって、偽膜性大腸炎患者の周辺環境の消毒は必須である4,5,8,19-28)。病室(ベッド、床頭台、オーバーテーブル、床など)、トイレおよび浴室などの糞便汚染の可能性がある箇所の消毒を、0.1%(1,000ppm)次亜塩素酸ナトリウム清拭により行う。この際には窓を開放するなどして、次亜塩素酸ナトリウムからの塩素ガスの暴露防止に注意を払いたい。

なお、金属箇所への次亜塩素酸ナトリウムの適用では、腐食防止の観点から、適用5分後にアルコール拭きや水拭きなどを行う。また、毒性の観点から、グルタラールやフタラールなどの高水準消毒薬を環境消毒に用いてはならない。

手指

ディフィシル菌の芽胞に対しては、アルコールやクロルヘキシジンなどの手指消毒薬が無効である。したがって、ディフィシル菌汚染の手指には、石けんと流水下での手洗いや、前もっての手袋の着用などで対応する18)

用具やリネン

内視鏡の消毒には過酢酸、グルタラールおよびフタラールなどの高水準消毒薬が第1選択消毒薬である29)。これらの消毒薬はディフィシル菌の芽胞にも有効で、かつ血液などの有機物の存在下でも効力低下が小さいからである2,3,8)

一方、ディフィシル菌汚染の下着などの消毒には、0.1%(1,000ppm)次亜塩素酸ナトリウムへの30分間浸漬や、洗濯工程のすすぎの際に0.01%(100ppm)次亜塩素酸ナトリウムへの5分間以上の浸漬を行う。ただし、色・柄物には次亜塩素酸ナトリウムの使用は不可である。この際には、洗濯工程を2度くり返すなどの洗浄の徹底で対応する。

引用文献

  1. Fritze D, et al: Reclassification of bioindicator strains Bacillus subtilis DSM 675 and Bacillus subtilis DSM 2277 as Bacillus atrophaeus. Int J Syst Evol Microbiol, 51: 35-37, 2001
  2. 尾家重治, ほか: アルデヒド系消毒薬の殺芽胞効果. 環境感染, 18: 401-403, 2003
  3. 小林晃子, ほか: 高水準消毒薬の殺芽胞効果に及ぼす温度および有機物の影響. 環境感染, 21: 236-240, 2006
  4. Rutala WA, et al: Disinfection practices for endoscopes and other semicritical items. Infect Control Hosp Epidemiol, 12: 282-288, 1991
  5. Ayliffe GAJ, et al: 'Sterilization'of arthroscopes and laparoscopes. J Hosp Infect, 22: 265-269, 1992
  6. Oie S, et al: Disinfection methods for spores of Bacillus atrophaeus, B. anthracis, Clostridium tetani, C. botulinum and C. difficile. Biol Pharm Bull, 34: 1325-1329, 2011
  7. Rutala WA, et al: Inactivation of Clostridium difficile spores by disinfectants. Infect Control Hosp Epidemiol, 14: 36-39, 1993
  8. Brazis AR, et al: The inactivation of spores of Bacillus globigii and Bacillus anthracis by free available chlorine. Appl Microbiol, 6: 338-342, 1958
  9. Dohmae S, et al: Bacillus cereus nosocomial infection from reused towels in Japan. J Hosp Infect, 69: 361-367, 2008
  10. Hayashi S, 2009. An outbreak of Bacillus cereus bacteremia: examination and control. Report of the Grant-in-Aid for Scientific Reserarch (no. 19590519) by Ministry of Education, Science, Sports and Culture
  11. Sasahara T, et al: Bacillus cereus bacteremia outbreak due to contaminated hospital linens. Eur J Clin Microbiol Infect Dis, 30: 219-226, 2011
  12. 大久保 憲, 2010. クリーニング所における洗濯物の消毒方法に関する研究. 厚生労働科学研究平成21年度総括研究報告書(H21-健危-一般-001)p.1-7.
  13. World Health Organization, Anthrax in humans and animals. Fourth edition, WHO Global Alert and Response Report,
    http://whqlibdoc.who.int/publications/2008/9789241547536_eng.pdf
  14. Anthrax spore decontamination using bleach (sodium hypochlorite)
    http://www.epa.gov/pesticides/factsheets/chemicals/chlorinedioxidefactsheet.htm
  15. Sagripanti JL, et al: Comparative sporicidal effects of liquid chemical agents. Appl Environ Microbiol, 62: 545-551, 1996
  16. Spotts Whitney EA, et al: Inactivation of Bacillus anthracis spores. Emerg Infect Dis, 9: 623-627, 2003
  17. Improving public health preparedness for and response to the threat of epidemics: anthrax network. Report of a WHO meeting. Nice, France, 29-30 March 2003WHO/CDS/CSR/GAR/2003.9
    http://www.who.int/csr/resources/publications/surveillance/WHO_CDS_CSR_GAR_2003_9/en/
  18. CDC, Frequently asked questions about Clostridium difficile for healthcare providers
    http://www.cdc.gov/HAI/organisms/cdiff/Cdiff_faqs_HCP.html#detected
  19. Gerding DN, et al: Measures to control and prevent Clostridium difficile infection. Clin Infect Dis, 46 (Suppl 1): S43-S49, 2008
  20. Davies A, et al: Gaseous and air decontamination technologies for Clostridium difficile in the healthcare environment. J Hops Infect, 77: 199-203, 2011
  21. Kaatz GW, et al: Acquisition of Clostridium difficile from the hospital environment. Am J Epidemiol, 127: 1289-1294, 1988
  22. Gerding DN, et al: Clostridium difficile-associated diarrhea and colitis. Infect Control Hosp Epidemiol, 16: 459-477, 1995
  23. Oie S, et al: Combined effects of povidone-iodine and hydrogen peroxide on spores of Clostridium tetani. Biomed Letters, 49: 209-212, 1994
  24. Worsley MA: Infection control and prevention of Clostridium difficile infection. J Antimicrob Chemother, 41(suppl. C): 59-66, 1998
  25. Wilcox MH, et al: Comparison of the effect of detergent versus hypochlorite cleaning on environmental contamination and incidence of Clostridium difficile infection. J Hosp Infect, 54: 109-114, 2003
  26. Vonberg RP, et al: Infection control measures to limit the spread of Clostridium difficile. Clin Microbiol Infect, 14 (Suppl 5): 2-20, 2008
  27. Omidbakhsh N: Evaluation of sporicidal activities of selected environmental surface disinfectants: carrier tests with the spores of Clostridium difficile and its surrogates. Am J Infect Control, 38: 718-722, 2010
  28. Hacek DM, et al: Significant impact of terminal room cleaning with bleach on reducing nosocomial Clostridium difficile. Am J Infect Control, 38: 350-353, 2010
  29. 日本環境感染学会, ほか: 消化器内視鏡の洗浄・消毒マルチソサエティガイドライン【第1版】, 2008